死や老いを身近に感じた時に強く思い出す食べ物はどんな物なのか。がん専門の精神科医の清水研さんは「すい臓がん末期の女性は40年前に浜松駅前のファストフート店で食べた海老バーガーがおいしかったと言った。私はその海老バーガーがとてもおいしかっただけでなく、人生でもっとも思い出深い味なのは何かほかにも理由があるのだろうと思った」という――。
※本稿は、清水研『不安を味方にして生きる:「折れないこころ」のつくり方』(NHK出版)の一部を再編集したものです。
食べられなくなっても食べ物の番組を見ていた患者さん
以前、すい臓がんが進行して入院された山口尚子さん(仮名・60歳女性)と何度かお話しする機会がありました。私には明るく、「もう十分がんばったし、死ぬのは怖くないです」と話されました。「渋沢栄一ゆかりの家に行ったとき、とても懐かしいにおいがして、昔私はここにいたんだと確信したんです。いまの私はそのときの生まれ変わり。次はどこに生まれるのかな」と、輪廻転生を信じているようでした。
すい臓の腫瘍が大きくなって十二指腸を圧迫し、摂取した食べ物が胃から先に進まない状況のため、食事をとれないのが残念でならないとのことでした。「私は食べることが大好きでね。もうビールを飲みながらウィンナーを食べられないのかなあ」と、冗談っぽく話しました。私が「いい感じに焼けたウィンナーをかじると、肉汁がピューッと出るのがおいしいですよね」と応じると、「そうそう、ほんとうに」と笑いました。
山口さんは、入院中は食べ物の番組ばかり見ていました。「自分が食べられないのに、他人が食事するのを見るのはつらくないですか?」と尋ねると、食べられなくても紹介された食べ物の味を想像できるので楽しいと言うのです。山口さんは食べることの感性が高い方なのだろうと思いました。
海老バーガーの思い出
その後、圧迫された十二指腸を広げる処置を受けたため、重湯を摂取できるようになりました。山口さんは、「とてもうれしいです。梅びしお〔梅干に甘みを加えて練った調味料〕をおかずに重湯を食べたのですが、梅びしおってこんなにおいしかったんだ、ってしみじみ思いましたよ。あと何回、口から食べられるのだろうと思うと、味がこころにしみました」と満面の笑みを浮かべて話してくれました。