「草彅剛さんでシェイクスピアを(演出してほしい)、というお話をいただいて、一も二もなくお引き受けしました。だって僕が観客でも、ぜひ観てみたい! と思うほど、魅力的な企画ですからね」
そう語るのは、演出家の森新太郎さん。このたび、草彅剛さん主演の舞台『ヴェニスの商人』の演出を手掛ける。
「ただ、『ヴェニスの商人』は……と、正直かなり逡巡しました。シェイクスピア作品の中でも、初演当時と現在とでは、あまりにも社会の構造や価値観が違っている。ましてユダヤの人々が置かれている状況が非常にナーバスになっている今、できれば避けて通りたかった作品でした」
先ほど見せた笑顔から一転、眉根を深く寄せた森さん。一体、どんな物語なのか。
舞台は中世イタリアのヴェニス。ユダヤ人高利貸しのシャイロック(草彅剛)は、ケチで陰気な嫌われ者だ。商人のアントーニオ(忍成修吾)は、よんどころない理由で、そんな彼から“もし期日までに返済できなければ、自身の肉1ポンドを差し出す”という条件で金を借りる。やがてアントーニオは窮地に陥るが、どんな代案もシャイロックはのもうとしない。そもそも、そんな条件をつけたのは“復讐”が目的だったからだ。そして、彼の訴えで人肉をめぐる裁判が開廷し――。
「演劇としては古典で、あまりにも有名な話。シャイロックの人物像も、既に強いイメージができあがっています。それを今さら、どんなふうに描いたらいいのか? また後半、善人アントーニオを擁護する市民たちにやりこめられる彼の姿を、現代の僕たちはどう見たらいいのか? とにかく悩ましいことばかりで」
それでも、草彅さんが演じるシャイロックが観たい。舞台に立っているだけで目を奪われるほどの存在感を放つ彼となら、新しいシャイロックを見つけられるかもしれない。そんな予感とともに、決断したという。加えて、「いろいろ考えていくうち、ある意味、とても現代的なテーマであることに気付いたんです。繁栄期を経て傾き始めた、当時のヴェニスと今の日本社会。常に人々の不満が噴出寸前で、何かにつけてスケープゴートを見つけたがるところには共通点がある。だから、これは観客の皆さんにとって自分の身に引きつけて観られる芝居ではないかと思ったわけです」
こうして、森さんにとって初の『ヴェニスの商人』が動き出したのだ。そこで改めて、時代を超えて上演され続けるシェイクスピア作品の魅力について尋ねると、「わかりにくいところですね!」ときっぱり。
「簡単に、泣ける、笑える、感動できる、という芝居ではないんです。容易には整頓できないありのままの現実を目の前に突き付けられる。また、特徴である長いセリフの中には、聞きなれない比喩表現や引用も多々出てきます。でも、それこそがシェイクスピアの狙いで、常に観客の興味を引き付けながら、舞台を想像力の飛躍の場にしてしまう」
今回、その面白さを存分に味わってもらうため、台本には、信頼する翻訳家・松岡和子さんの翻訳を使う。
「松岡さんは、そんなシェイクスピアの狙いを深く理解されている。だから、長いセリフも、ほとんどカットしませんでした。草彅さんにとっては、これまで経験したことがないほどの言葉との格闘になるかもしれません。でも、凄まじいシャイロックが誕生すると信じています」
もりしんたろう/演劇集団円所属、モナカ興業主宰。2006年『ロンサム・ウェスト』で演出デビュー。古典から現代劇、ミュージカルまで幅広く手掛ける。近年の演出作に、『ハムレットQ1』『メディア/イアソン』など。毎日芸術賞千田是也賞、文化庁芸術祭賞優秀賞、読売演劇大賞及び最優秀演出家賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など受賞多数。
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舞台『ヴェニスの商人』
12月6~22日、東京・日本青年館ホール
12月26~29日、京都・京都劇場
2025年1月6~10日、愛知・御園座
https://venice-stage.jp/