思いをシェアできるカルチャーができてほしい

 さて、内的評価とメンタルヘルスを育て、守るために大切なことは何でしょうか。スタートアップ業界に限らず、私が大事だと思うのは、メンタルヘルスについて、それぞれが感じている心理的負担について互いに率直な会話をしてもいいと思えるような雰囲気が生まれることです。

 再度スタートアップのような環境を考えてみると、その業界特有の不確実性やリスクのレベルを最小限に抑えることのできる簡単な方法などありません。それに不安を全く感じなくなるような魔法もありません。しかし、業界を違えて、あるいは同じ業界内でも忌憚なく会話のできる相手がいれば、そんな思いを抱えているのは自分だけではないとわかって負担が軽減されることもあるでしょう。

 同じことを経験している他の起業家と思いを共有したり、あるいは「成功してほしい」とサポートしてくれている家族に思いを打ち明けること、あるいはセラピストなどの専門家に話をしてみること。思いをシェアするというのは、メンタルヘルスを守るための大きな一歩なのです。そして、多くの場合は一番大切な一歩でもあります。

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 この記事の冒頭で紹介した調査で、「約8割の起業家がセラピストや精神科医などのメンタルヘルスの専門家に助けを求めることを拒む。特に男性は女性に比べて2倍近くメンタルヘルスのケアを受けることへのスティグマを持つ」という報告がありました。未だに男性は「強くなければならない」「弱い感情を持ってはならない」という固定観念、無意識の偏見に縛られがちです。これは日本のみならずグローバルにあてはまることでしょう。

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 男性の多いビジネスの業界においてはとりわけその傾向が強く、その中で頑張るマイノリティの女性もその「常識」の影響を多かれ少なかれ受けざるを得ません。冒頭の女性起業家のハラスメント体験の隠れた多さは、まさにその男女の非対称性ゆえに生まれる歪んだ被害状況と言えそうです。被害にあっても声が挙げられなければ、それだけメンタルヘルスは長期に負の影響を受けるのです。

 しかし、メンタルヘルスを優先することは、個人の健康に有益であるだけでなく、スタートアップの持続可能な成長と成功にも不可欠と言っても過言ではありません。不調や負担の重荷を声にすること、そして心のバランスとサポートのための「戦略」を積極的に模索する、あるいはケアを受けることは、「弱い」ことではないと思うのです。皆さん、どうかご自分を大切になさって下さいね。

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