私は、錦之助夫妻と飯を食う。この場ではギャラの話は一切しない。金目の交渉はすでに小林と折り合っている。ギャラは3000万円。あとの実務は制作会社に頼んでやってもらうことになっていた。
コマーシャルの構成は、こんな感じである。まず、錦之助が能書きを垂れる。「これからはこういうクラブが必要です」とかいうセリフだ。そこに歌が入る。歌ってもらったのは当時親しくしていた韓国の若手の歌手。「カンガル~ク~ラブ♪」とメロディーをつけた。
このパートだけでも何十回リハーサルをやり直したかわからない。私なりのこだわりがあった。それを生かすにはなかなか骨が折れたのを覚えている。ようやく完成したときには、ほっとしたものだ。
コマーシャルが急転直下、頓挫…いったい何が起こったのか?
錦之助出演のコマーシャルは関西テレビで放映するはずだった。だが、この計画は急転直下、頓挫した。いったい何が起こったのか。
関西テレビを設立した前田久吉の息子に富夫がいる。このときは専務だった。
ところが、東邦エンタープライズの専務に据えた西村嘉一郎が過去に広告代理店を経営していたときに、この前田富夫にとんでもない迷惑をかけていたのだ。
私には一切関係のないことだが、西村が過去にかけたという「迷惑」を前田はどうやらいつまでも恨みに思っていたようだ。西村の不手際でCMが打てなくなった。
放映が飛んだことで、さまざまな影響があった。販売促進費は、すべて吹っ飛んだ。
追い打ちをかけるように、「かんがるうくらぶ」に、東邦生命からこんな通知があった。「会社も閉めてほしい」
「正しい保険募集をおこなわせることを目的とした保険募集取締に関する法律」(募取法)に引っかかるからということだった。
どこかからチンコロ(密告)が入ったのか
募取法とは、新しい保険の契約を募集する際、遵守しなければならない法律である。保険という商品を売っていくため、勧誘をする上での制約などを定めている。「余計な宣伝をしてはいけない」など「これをしてはいけない」「あれをしてはいけない」といった規定がある。
今回は東邦生命の社章にあるカンガルーから取って「かんがるうくらぶ」という名称にしたこと。「東邦エンタープライズ」という社名が「東邦生命」と混同されやすいこと。この2点が募取法上、問題とされたのだ。
私には、東邦生命の名を騙ろうなどというつもりはさらさらなかった。起業したばかりの会社にどう信用をつけていくか。頭にあったのは、それだけである。