「社会に入り込めない辛さがあって死の淵を彷徨っている状態だったからこそ、せどりに出会って『これしかない』って思えたのかもしれません。そこまで落ち込む前のタイミングだったら、もしかしたら家にあった本を何冊か売って終わってたかも……」
当時は日本にAmazonが入ってきたばかりで、ユーザー数に対して供給が追いつかず、出したものがぽんぽん売れていった。1カ月目は10万円程度だった売り上げが2カ月目には60万円になり、手元に30万円が残ると、母に電話をした。
「もう仕送りはいらないよ」
それは、中村さんがずっと言いたかった一言だった。
経済的に自立できていないうしろめたさを感じていた中村さんにとって、同年代の初任給を超える30万円という額は重要な意味を持っていた。
周りの目は気にならなくなった
せどりの売り上げは伸び続けた。一番の理由は「とにかく時間をかけたこと」だと中村さんは振り返る。
「みんな効率よくやろうとする中で、僕は人より長い時間を使ったんです。ずっとやっているうちに、本のタイトルや売れ筋なんかも頭に入って、スピードも上がりました。他の人が1日に1時間使って5万円稼ぐなら、僕は10時間使って50万円稼ごう、という発想です」
ようやく社会とつながれたことが楽しくて仕方がなかった中村さんは、毎日18時間働いた。
「自分の実感として何が楽しくて何が嫌かっていうのは、点を打つように実際にひとつずつやってみないと分からなかった。いろいろやってみた結果、自分にやれることは、とにかくしつこくやるってことくらいだったんです。自分が持ってる能力の中でこれだったら勝てるって思ったんですよね」
とはいえ、当初思い描いていたクリエイターのような仕事とはかけ離れた「せどり」を仕事にすることに、葛藤はなかったのだろうか。
「その頃には、周りの目は気にならなくなっていました。仲間も高円寺周辺にいたから、黄色いブックオフの袋を持って自転車で駆け回っていたら、『お前なにやってんの』って声をかけられるんですよ。『いや、ブックオフで本買ってきて売ってるんだよね』って普通に答えてました。いろんな反応があったけど、その時は恥ずかしいとかまったくなかったです」