1ページ目から読む
2/7ページ目

『万両役者の扇』蝉谷めぐ実

蝉谷めぐ実
『万両役者の扇』

 ――デビュー作以来、芝居の世界を描き続けている蝉谷さん。今作も芸のためならどんなことにも手を染める江戸森田座の役者・今村扇五郎を中心に、彼の贔屓たちの視点で、役者とその崇拝者たちの狂気を活写した一作です。

 蝉谷さんは、第11回『化け者心中』(KADOKAWA)以来2回目のノミネートとなります。

 栗澤 江戸時代の演劇の世界を舞台に据えた作品ということで、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)を思い浮かべました。話の作りとしても共通点があるように思いました。芸の狂気は迫力がありますが、作中の「犬饅頭」という章で、登場人物である茂吉という男が狂気にはしる過程には、個人的に物足りなさを感じてしまいすっきりしなかった印象があります。

ADVERTISEMENT

 北川 この作品のおどろおどろしさに打ちのめされました。芝居に魅せられ、主人公である扇五郎に飲み込まれて人生を狂わされてしまった人々の話ですが、中でも特に、舞台で使用する血のために、本物の犬を殺して血を集める扇五郎と彼を支える女房お栄の狂気や、その描写に迫力を感じました。扇五郎の死の真相が語られるラストも読みどころではないでしょうか。

 久田 これまでも『化け者心中』や『おんなの女房』(KADOKAWA)で江戸の芝居というニッチなところを書かれていて、江戸+芝居のジャンルといえば蝉谷さんと言ってもいいくらい活躍されてますよね。ですが、先の2作に比べると、今作はやや「江戸の芝居」の魅力が薄かった気がします。芝居や演じることを極めていく話よりも、狂気の話に重きがおかれてしまった。それによって読者を選ぶ作品になったのではという印象です。とはいえ、一世一代の最期の大芝居を打つラストの展開は、私も大好きです。