『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』吉森大祐
――2017年に小説現代長編新人賞を受賞されデビューされた吉森大祐さん。今作は、江戸後期、財政破綻状態の伊勢32万石の藤堂家で藩主から藩政改革を任せられた若き下級武士の茨木理兵衛が主人公。彼が行った改革と立ちはだかる現実の壁とは? 歴史の中に埋もれた知られざる偉人譚です。
吉森さんは初ノミネートです。
北川 主人公、茨木理兵衛の目から鼻へ抜けるような賢さも読みどころですが、なにより藩政改革のため、正論を推し進めていくのにそれが理解されずに多くの敵を作ってしまう彼のつらい生き様が胸に染みる小説でした。理兵衛は生まれてくる時代が早すぎたのでしょうね。彼のことを理解して支える妻と義兄の心の温かさは物語の中でとても救いとなっています。ゆるがない信念、意思の強さを本作から学びました。
栗澤 しっかりと組み立てられた物語でした。ただ史実をベースにしているだけにどうしても後半からラストにかけて、理兵衛が実行しようとしていた改革の動きを追うだけの物語になり、やや単調になった印象です。フィクションでもいいので別なキャラクターを用意して、物語に少し変化を出すような新たな試みがあったら物語により深みが増したのではと思いました。
久田 時代“経済”小説、時代“政治”小説と言ってもいいですね。理兵衛の推し進めていく改革は、良いも悪いも含めて現代社会でもお手本となるのではと思いました。改革とそれに対する抵抗を描いている点で、それこそ会社員の必読図書にするといいかもしれない。情よりも知に走っていく理兵衛という人物を書くためには、淡々と一歩引いた描写は効果的だったと思います。ですが、その反面、武士が主人公の時代小説の醍醐味である、血湧き肉躍る描写の楽しみは味わえなかったかもしれません。でも、政治家のみなさんにはぜひともお読みいただきたい(笑)。