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『海を破る者』今村翔吾

海を破る者』今村翔吾

 ――かつては源頼朝から「源、北条に次ぐ」と言われた伊予の名門・河野家。しかし、一族の内紛により、見る影もなく没落していた。そんな折、海の向こうから元が侵攻してくるという知らせが……。アジア大陸最強の帝国の侵略を退けた立役者・河野通有が対峙する一族相克の葛藤と活躍を描く大河小説です。

 今村さんは、第12回『幸村を討て』(中央公論新社)に次ぐ5回目のノミネートです。

 北川 一族間の骨肉の争いがあって、人を信じることができなくなっていた河野六郎通有。この人物を見つけてきたことがまずすごいし、さらに彼のまわりに人買いから買い受けた西域出身の奴隷であった令那と、高麗の農民出の同じく元奴隷の繁を配置したのも見事。彼らとの交流を通して六郎が外の世界に目を向けるようになるその描き方が素晴らしかったです。やがて没落していた河野家を盛り立てて、一丸となり元を迎え撃つべく九州に向かっていくのですが、彼自身の力ではこの愚かな戦を止めることは出来ない、けれども一人でも多くの人を救うのが河野の戦、自分の役目だと奮闘する様は、まるで大作映画を見ているよう。目の前に映像が浮かんできました。六郎の人柄の良さといいますか、今村さんがつくり上げたキャラクターに共感しました。

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 久田 今村さんの小説の良さって、歴史の隙間に落ち込んでいる名もなき者、弱き者たちに光を当てて掬い上げ、その生き様を見せてくれるところにありますよね。胸が熱くなる小説を読ませてくれる作家なんです。戦と平和という相反するものを改めて考えさせられる展開でした。物語を読んでもらえばわかるのですが、河野六郎という人物は、鎌倉時代の杉原千畝じゃなかろうかと私は思いました。一遍上人が要所要所で出てきますが、もう少し物語に絡んでいくのかと思いきやそうでもなかった点は、少し物足りなさが残ったかもしれません。

 栗澤 この物語の大きなテーマは、恐らく《他者を理解する》ということだと思って読みました。身近な所でいざこざばかり起こしている伯父の通時との関係性であったり、元奴隷の令那と繁という登場人物を周囲に立てることで、異国の人たちとも歩み寄って理解し合えば、分かり合えるというテーマが浮かび上がってくる。人間の力で必ずや愚かな争いは避けられるはずだ――そういう著者のメッセージがあると思うんです。大変読み応えのある小説でした。