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 まず、手紙の右側にはワープロ打ちで、厚子さんの一人称の挨拶がある。

〈向春のみぎり 皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます〉

〈さて 本年弥生の佳き日 野津基弘・阿久利を夫婦養子として迎えましたことを謹んでご報告申し上げます〉

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 日付は〈令和六年 二月吉日〉とあり、〈本年弥生〉とのズレは、試行錯誤の跡をうかがわせる。

 問題はそこに続く“直筆”部分だ。完成版では〈基弘 阿久利を いく久しく よろしくおねがい申しあげます 池田厚子〉と、厚子さんが一筆したためたように読める。

 だが、この原本では「基弘 阿久利を」「いく久しく」「よろしく」「おねがい」「申しあげます」「池田厚子」と、数センチ大の6枚の紙片を順番に貼りつけている(下の写真)。あたかも一筆書きしたかのようにみせる意図があったことが窺える。

細工された厚子さんの“直筆”

 切り貼りした紙片の周囲には修正液を乱雑に、何度も重ねて塗った跡が残る。

 こうした工作を経て、実際に関係者のもとに届いた手紙では、不自然な痕跡はすべて抹消されていた。前出の関係者が声を潜める。

「直筆部分は、無関係に書かれた厚子さんの直筆や、会社側がリードして“練習”させて書かせた文言を切り抜いて作ったと聞いています。控えめに考えても、本人の意思をあらわす作成方法には思えません。むしろ直筆を装った偽造、捏造のたぐいと言っても過言ではないでしょう」

全ての挨拶状に入っていたわけではなかった

 取材と資料を総合すると、この直筆は全ての挨拶状に入っていたわけではないことが分かっている。厚子さんの直筆は、きわめて限られた人々、とりわけ皇室とつながりの深い人々に対して添えられた。

「旧華族の当主らによる親睦団体である『霞会館』の主要なメンバーには直筆部分を入れて送付した。野津氏が霞会館入りを熱望しているのは社内では有名な話。直筆付きの手紙は旧華族だけでなく、秋篠宮家などを含む宮家にも送られた可能性があります」(同前)

 各所に養子縁組の挨拶を済ませ、天皇の従弟になりおおせた野津氏は、さらなる悲願成就に邁進していく。