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 田中にとって、ハル・ノートは、ワシントン体制、9ヵ国条約体制への復帰を強要するもので、大東亜共栄圏政策、東亜新秩序建設と正面から衝突するものだった。

 田中は仏印のみならず、満州を含む全中国からの全面撤兵を要求し、汪政権や満州国も解消することを求めているものと理解した。満州国の否認について文面上は明言していないが、日米の力関係からして事実上そうなっていくとみていた。それは、日本の満州事変以来の全ての努力・営為を否定するものだと考えたのである。

 ハル・ノート受領後、田中は、次のような情勢判断を記している。「南方戦争」は東南アジア地域に限定されることなく「印度、豪州」に発展していき、太平洋における「全面的長期持久戦」となっていくのは「必至」だ。

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ドイツの不敗は間違いないという判断

 また「欧州戦争」は「独伊完勝」の夢は過ぎ去ったが、欧州戦全局としては「持久長期戦争」となるだろう。イギリスの「海上封鎖」の実現は相当困難で、陸上防御態勢も強化され、イギリスを「全面的に席巻」するがごとき部隊の上陸はほとんど不可能になった。したがって「従来の対英判断」「独逸の対英攻撃の能力判断」は再検討の要がある(田中「大東亜戦争への道程」第11巻)。

 それでは、このような情勢にどう対処すべきか。海軍は太平洋正面2ヵ年は「大丈夫」と保証している。海軍が2年間西太平洋の「制海権」を維持し「南北の海上交通」を安全にし続けるならば「長期戦争態勢」は確立しうる。しかし2年間の「西太平洋維持」が挫折するなら「戦争指導」は崩壊の危機に直面することになる。

 また、ドイツの欧州における「不敗態勢の確立」が日本の「戦争指導上の一大要因」であるが、現時点で必ずしもドイツ有利とは言えないにしても、ドイツの不敗は間違いない。いずれにせよ太平洋地域での戦争の勝敗は、結局「飛行機と船」の問題である。田中はこう結論づけている(田中「大東亜戦争への道程」第11巻)。