中心人物は3人いる。
まずなんといっても「ロンドンの姉妹」、99歳のジョゼフィーンと97歳のペニーだ。
名家の令嬢でありながら、第二次世界大戦中、姉は海軍婦人部隊、妹は応急看護婦部隊に志願して所属していた(「世界的な戦争のあいだじゅう、お茶を淹れてるのはいやだからよ!」)。
それぞれの夫を亡くし、今は姉妹2人で暮らしている。退役者として講演したりインタビューを受けたり式典に参列などする毎日だ(「わたしたちは立派でもなんでもないのよ(略)ただ単に、ほかの誰よりも長く生き残っているからよ」)。
残る1人が41歳のアーチー、画廊経営者。幼い頃より大伯母である姉妹とウマが合った彼は、“いつも機嫌よく(トゥージュール・ゲ)”という彼女たちの生き方の哲学に共鳴していて、現在、姉妹の事実上のマネジャーとなっている。“お楽しみ(エクサイトメンツ)”――姉妹があらゆる社会的行事を指して言う言葉――を提供するのが重要な責務である。
この3人に介護人のアーリーンを加えた4人でパリへと向かう。姉妹がレジオン・ドヌール勲章を授与されることになり、その式典と同時期に催されるパリでも最大のオークション・ハウスでのパーティに参加するためだ。なお勲章授与の理由は姉妹の戦争中のフランスのための働き、なのだが、さて、この物語には時間軸が2つある。
一行が勲章授与式及びパーティに参加するまでの「現在」と、姉妹の戦争直前から始まるパリでの思い出にともなうそれぞれの「過去」だ。
「現在」パートは超弩級の“お楽しみ(エクサイトメンツ)”に向かって真っ直ぐ進む。
一方、「過去」パートはちょっと曲がりくねっている。少しずつ、思わぬ方向から姉妹の秘密が明かされていき、「現在」と合流する。
そこまでに読者が体験する、わくわくする感じ、はらはらする感じ、胸が塞がれる感じ、やりきれない感じもまた“お楽しみ(エクサイトメンツ)”なのは言わずもがなだが、野暮を承知で言ってしまう。なぜなら、実に、たっぷり、楽しませてもらったからだ。
ことに姉妹による“いつも機嫌よく(トゥージュール・ゲ)”の使いどころが胸に残る。愛する人が亡くなったとき、戦時中に遺書を書かされたときなど、シリアスな場面で“いつも機嫌よく(トゥージュール・ゲ)”と言葉をかけ合うのだ、この姉妹は。
けだしアーチーの言う通りだ。
〈人生にはふさぎこんだりめそめそしたりする時間などないと、教えてくれている。楽しめるチャンスがあったら、両手でつかみ取らなければならない〉
さあ行こう、2025年、って気持ちになる。いつも機嫌よく、楽しいことを探しに行こう。
C.J.Wray/イングランド西部のグロスターで育ち、オックスフォード大学で心理学を学ぶ。脚本家、創作クラスの教師、コラムニスト、ゴーストライター等としても働いてきた。ベストセラー作家クリッシー・マンビーの別名義で、このペンネームでは本書がデビュー作となる。
あさくらかすみ/1960年北海道生まれ。『平場の月』で山本周五郎賞受賞。他の著書に『にぎやかな落日』『よむよむかたる』等。