自分で稼ぐ道はリスクがあってもいけない
「ところでさあ、これまでの40年の人生のなかで、性欲がいちばん強かったのって、いつ頃だった?」
「あーっ、35くらいかしら、ふふふふ」
「そのときは特定の彼氏がいて?」
「あ、そうですね」
「どうしてそのときがいちばん強いと?」
「うーんそれは1年間くらいで、短期間なんですよ。ホルモンの関係かなあ。いまのこの歳になったら、もうそんなに性欲はなくて、やるとしても、清潔な場所でやりたいな、とか、ははは。車内とか野外とかはもういいやって。あと、やる前は身ぎれいにしときたいとか……。だからいきなりとかは無理ですね、はははは……」
「自分のなかで高校とか大学とかその後も、いろいろ回ってきてみてさあ、なにか結論というか、教訓とかって生まれたりした?」
「結局あれですよ、なにかなあ、あの、自分の稼ぎで生きていく道を見つけなければならないってことですよ。それは安定してなければいけないし、リスクがあってもいけない」
「まあ、それが就職後の生活を続けさせたっていうかさあ……」
「そうです」
風俗経験により、自分のなかに安定志向が芽生えた
「それってさあ、風俗で働いて、周りの人を見たからっていうこと? さっきのお母さんみたいな歳の人とか……」
「それもあります。たしかに。あと、同じ店にいたんですよね。国立大学を出てて、で、その人の彼氏がぁ、『注射器持ってるのよ』なんてこと言ってて。ちょ、待て待て待て、それやめたほうがいいよ、みたいな。巻き込まれないうちにやめろ、みたいな。だから、どんなに頭が良くっても、高学歴でも、ちょっと踏み違えたら転落してしまうというのは、よく見ました」
「だからこそ、自分はちゃんと持ってないとダメだと思った、と」
「うん。それにこの仕事は、確実に危うい路線だと。で、年齢制限じゃないけど、稼げる上限年齢ってあるじゃないですか。どっかで病気をするかもしれないし、なにも社会保障を受けられない状況だということで、ここに、この仕事に人生を委ねるべきじゃないっていうのがあって……」
「つまり風俗経験により、自分のなかに安定志向が芽生えたってことだよね」
「そうですね。ほんと10代、20歳になるまでは、生きていければなんでもいいって思うわけですよ。それでもやっぱり、現実社会を垣間見た時期だったんですよね。これって、結局真面目に生きてたほうが、後々いいんではないかって結論になったんです」
もっともな意見である。だがそこで、置き去りにされている話を蒸し返すことにした。
「社会を知るきっかけになったことはわかるんだけど、風俗って肉体を酷使する仕事じゃない。いろんな男が自分の体を通り過ぎていくっていう嫌さはなかったの?」
「まあ、そんときはあんまり。仕事って割り切ってたから。仕事。給料。それだけ」
「つまり嫌悪感はなかったわけね?」
「たまにはあるんですよ。不潔な人が来たときとか。そういう生理的な面での嫌悪感はどうしてもあるんで。エーッ、みたいな」