この世にはどうにもならない矛盾がある

 こちらに気を遣ってか、おどけた言い方になってはいるが、実際、常識を超えた男の裏面を見てきたことだろうと想像した。ただ、そんなミホであるが、いまだにニュースなどで風俗業界に絡む事件があると、つい気にして見てしまうのだという。

「なんか気になっちゃうんですよね。やっぱりふつうのサラリーマンになった私からすると、早く足を洗いなよ、とか、お日様の下を歩こうぜってなるけど、そうはいかない人もいるし……。いまはたとえば、自分の学費を払うためにやってる子とかもいるじゃないですか。あれはねえ……。なんとかならんかなあ、とかって思ったりしますね。でもしょうがない。勉強する時間を捻出するためには、時短で稼ぐしかないですしね」

 彼女自身が社会を経験したことで、もどかしくとも、この世にはどうにもならない矛盾があることを理解しているのだろう。そういう点では、風俗で働いた経験をマイナスではなくイーブンにしているミホの話は、現在、そうした矛盾のなかで苦しむ女性を、少しは楽にできるのではないかと思った。

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人に言えない分、自分のなかで貴重な体験をしてるなって

「自分が風俗で働いてたことって、誰か言った人はいる?」

「いまも昔もいないですね。どこでバレるかわからないと思ってたから」

「でもそれ、苦しくなかった?」

「いや、人に言えない分、自分のなかで貴重な体験をしてるなって思ってたから。面白いことだな、って」

「それはそれで、人に言えないくらいはしかたないなって?」

「うん。で、どうしても面白いことがあれば、人の話としてね……。それはもう面白い話がいっぱいありましたよ。こんな人がいた、あんな人がいたって」

「そらそうだなあ。なかなかふつうの生活をしてたら見れるもんじゃないもんねえ」

「そうそうそう」

「でもさあ、男性に幻滅したりはしなかった?」

「いや、それはそれで、こういう人もいるよな。こういうことを隠していかなければいけない男の人もいるよな、っていうふうに思ってましたね。で、風俗のいいところは、そういう人たちを受け入れてることだと思ってました。そういう人たちを締め出していたら、世の中の性犯罪者が増えて、被害に遭う人がいっぱいいるって思いますもん。これ必要悪。以上。みたいな。ふふふふ」

写真はイメージです ©AFLO

 もちろん、現在の生活が安定しているから言えること、との見方もあるだろう。だが、それを差っ引いても、女にも男にもある、“どうしようもない部分”を容認している彼女について、素直に、たいしたものだとの感想を抱いた。

 それだけでも、20年ぶりに会った価値は、ある。

 聞けば、ミホも私と同じく、いまだに喫煙を続けているマイノリティだという。食事もそろそろ終わりそうなところで、私は切り出した。

「じゃあ、ちょっとどこか近くの、煙草が吸えるバーにでも行こうか」

「あ、いいっすねえ」

 旧交を温める、幸せな夜はまだまだ続く。