今関 葉っぱ2枚の上映会でいろんな人が来る中で、まゆみちゃんも友達と映画を撮っていて……出演者としてね。監督は田代君といって、当時、お付き合いしていた彼氏だったんですけど、その彼氏と一緒に来てくれて。まだ高校生、17歳ぐらいかな。自主上映会にあんまり女の子は来ない時代だったから、やっぱり目立つわけです。で、その場でじゃないと思うけど、声をかけて、出演をお願いした。

――あの頃の自主映画には珍しく、葉っぱ2枚の上映会には女の子が来てましたよね。

今関 そう。毎回小さいイベントをやった。「ぴったしカン・カン」みたいなクイズとか、お客さん参加型のくだらないことをやっていた。

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――僕が覚えているのは、歌合戦をやったこと。

今関 そうそう。

――「いい加減にしろ」ってアンケートに書かれた(笑)。

今関 たまに文句を書いてる人もいましたけど。クリスマスの時はクリスマスツリーを飾ったり、ワインを無料で出したりしてましたからね。

『ORANGING'79』で使われた劇中用の手書き文字

――『ORANGING'79』がPFFに入選して、PFF作家同士のつながりもできますよね。

今関 そうそう。犬童一心監督とかはぴあ(PFF)からだし。技術的な交流とか「そっちに出てるあの人いいね」みたいなキャストの交流とか。それがぴあを中心に始まった感じがしますね。

20代の頃の今関あきよし監督と犬童一心監督

当時の自主映画のピークだった『MOMENT』

――そして手塚さんが日芸に進んで、『MOMENT』を作り始めるわけですね。

今関 そうそう。『MOMENT』が当時の自主映画のピーク。ぴあで出会った人たちを結構引き込んだし、僕自身もカメラで参加した。眞もうまく使ってくれた気もするし。僕らはプロと違うから、リテイクするよと言われても何の抵抗もないので、何回もミュージカルシーンを撮ったり、天気がよくないからもう一回やるとか、撮影が終わるまで結構時間を食ったんですけどね。大林(宣彦)監督や鈴木清順監督にもゲストで出てもらったり、プロとアマの混合自主映画、インディーズ映画みたいな。

                 『MOMENT』(発売元:ポニーキャニオン)

――当時の8ミリ映画界の総決算みたいな映画だったですよね。

今関 そう。原宿のラフォーレで、ぴあ主催で発表上映会をやった。

――やりましたね。『お茶の子博士のホラーシアター』(注1)はその後ですね。

今関 テレビ業界も『MOMENT』に注目して、若い連中を遊ばせてみようとスタートしたんだと思う。眞が監督して、そのうち眞以外の自主映画の監督も撮った。ホラーをやったり、サスペンスをやったり。

『MOMENT』撮影中の今関監督と手塚眞監督(1980年)

――最初プロのVTRスタッフで撮り始めたけど、すぐに切り替えて8ミリになった。

今関 8ミリは現像もあるから大変なんだよね。

――週1で作らないといけないし。

今関 そう。オンエアが迫ってくる。眞も葛藤しながらいろいろやっていたんだと思うけど。刺激的でしたよね。面白かったです。