日本の裁判にゆだねると正式発表されたが…
5月29日、アメリカのダレス国務長官は記者会見で、ジラード事件について「政治的思慮に基づいて最終結論を出すべきだ」として、日本側への引き渡しを示唆。6月4日には国務省と国防総省が、日米合同委の決定を尊重してジラードを日本側に引き渡し、日本の裁判にゆだねるとの正式な共同声明を発表した。
6月5日付毎日朝刊の自社特派員電は「新聞の論調も、世論の傾向にも変化が見えている。政治問題化する可能性はないと思われる」と記述。6日付上毛は「『米国の良識』を喜ぶ」との社説を掲載した。だが、そのままではいかなかった。
ある男から「弁護士に電話を」
「『ジラード裁判』阻止へ 人身保護令で訴願 米国の兄」という「ワシントン6日発AP」の記事が載ったのは6月7日付朝日朝刊。「ジラード三等特技士官の兄、ルイス・ジラード氏は6日、ワシントンの連邦地方裁判所に対し、人身保護令を発動し、ジラードを日本側で裁判させないよう訴願した。訴願書はニューヨークのアール・キャロル、ワシントンのデイトン・ハリントン両弁護士を代理人とし、ウィルソン国防長官、ダレス国務長官、ブラッカー陸軍長官らを相手取って提出された。
人身保護令とは英米法の制度で、不当に奪われている人身の自由を司法裁判で回復することが目的。『米兵犯罪と日米密約』は背景を概要次のように書いている。
ジラードの故郷はシカゴから南西約140キロのイリノイ州オタワ。5月16日に新聞でジラードの名前が報じられると、小さな市にメディアがどっと押し寄せた。市内には兄のルイス・ジラード一家が住んでいたが、ある日、ある男から兄に電話があり、「キャロル弁護士に連絡するように」指示された。その弁護士は「ジラードの身柄を裁判で取り戻せる」と持ち掛け、弁護費用は一切要らないと言ったという。
「おまえはナショナルヒーロー。でも、もし…」
電話をかけてきた男は、『米兵犯罪と日米密約』は「キャロルが雇った宣伝要員」、別の資料は「PR業者」としているが、意図などは分からない。事件を利用する不可解な力が働いていたようだ。兄は国際電話でジラードに「おまえはナショナル・ヒーロー。でも、もし日本の裁判を受け入れればナショナル・ディスグレイス(恥)」と言い渡したという。
ジラード本人は6月7日、前橋地裁の公判の弁護人に就任した林逸郎弁護士が打ち合わせに米軍キャンプに来た際、一緒に記者会見。「薬莢をまいた覚えはない。単なる事故だが、すまないことをした」と言葉少なに語った(7日付夕刊各紙)。