喝采を浴びた「ボヘミアン・ラプソディ」
デビュー20年目を迎えた2019年12月には、恒例のクリスマスライブで伝説のロックバンド・クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を日本語詞で歌い上げ、大喝采を浴びる。氷川にとってはこれが初めての洋楽カバーだった。日本語の詞を書いたのは、彼がことあるごとに相談に乗ってもらうなど信頼を置いている作詞家の湯川れい子である。
氷川はその前年、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーを主人公とした映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観て、フレディの孤独に触れ、いたく感動したらしい。そこで相談を受けた湯川は、それまで訳詞を認めてこなかったクイーン側を説得しながら、日本語詞を書いて提出し、半年ほどかかってようやく許諾を得る。それからオーケストラのアレンジやコーラスを入れる作業を行い、氷川が歌うにいたったのはじつにクリスマスライブ本番の9日前だった。
このとき、湯川は氷川と楽譜を前に綿密に打ち合わせしたあと、別れ際、《自分の人生、死ぬか生きるかの瀬戸際まで追いつめられて、自分の母親に“ママ、ごめんなさい。僕が帰って来なくても生きて。生きてくれ!”と叫ぶ気持ちで演じ切ってみせてね》と彼に伝えたという(「週刊女性PRIME」2020年1月23日配信)。
氷川は訳詞者の希望に見事応えてみせる。完全に主人公になりきりながらも、けっしてフレディ・マーキュリーの真似ではない。客席で見守っていた湯川は感激に打ち震え、彼が歌い終わった瞬間、「ブラボー! ブラボーブラボー!」と叫んでいたと振り返る(同上)。
氷川きよしから「KIINA.」へ
これと前後して、氷川はプロ野球の始球式にミニパンツ姿で登場したり、自身のInstagramで純白のウェディングドレスを彷彿とさせる衣装の写真を公開したりと、フェミニンな雰囲気を醸し出すルックスへと変貌を示し、注目を集めていた。
コンサートでも、クイーンのカバーに先立ち、前年(2018年)から美輪明宏の「ヨイトマケの唄」をカバーするようになっていた。きっかけは、氷川と同じ九州出身の美輪が(氷川は福岡、美輪は長崎)、地元で“女っぽい”からとの理由でいじめにあっていたという話を聞いたことだった。氷川自身、子供の頃に同じ理由からいじめられた経験があり、それからというもの自分をさらけ出したらだめだと頭にすり込まれてしまったらしい。《お芝居をやっても男の子らしくしようとか、『みんな一緒にさせる』という世間のルールに沿って生きてきた。(中略)デビューさせていただいてからも、演歌の世界で、男の世界で生きていこうとやってきたけれど、なにか違うと思っていて……》と、2019年に週刊誌の直撃取材を受けた際に告白している(『週刊新潮』2022年2月3日号)。




