「私は自分に負けません」と宣言

 だが、このときの氷川はもう自分の思いを曲げたりはしなかった。クイーンをカバーした2019年のクリスマスライブの直後には、紅白で初めて「限界突破×サバイバー」を披露している。その本番3日前のリハーサル後の会見では、この年初めからありのままの自分を表現しようと決意したことを明かすと、《これからはきーちゃんらしく、きよし君にはちょっと、さよならして。きーちゃんとして、私らしく。より自分らしく、ありのままの姿で紅白で輝きますから、それを見て皆さんも輝いて生きて下さい》と話し、最後は《私は自分に負けません》と宣言した(「スポーツ報知」電子版2020年1月1日配信)。同年の紅白は、氷川のイメージチェンジとともに、紅組トリのMISIAのステージではレインボーフラッグが掲げられ、性の多様性をアピールする演出で記憶されることになる。

 翌2020年10月にリリースしたアルバムのタイトルは『生々流転』とつけた。氷川によれば《自分の持っているものを生かして表現したい、そしてもっと自分として輝きたいという深い意味を込め》たという(日本コロムビア・氷川きよし公式サイト・ディスコグラフィ『生々流転』)。同アルバムの収録曲の一つ「Call Me Kii」では、自分のことを「Kii」と呼んでほしいと歌った。のちには「KIINA.(キイナ)」とも称するようになり、氷川きよしとは違う新たなイメージを自身に付け加えた。

『生々流転』(2020年)

 2022年11月には、アルバム『氷川きよし オリジナル・コレクションVol.03~ロック&ポップス&バラードの世界~「魔法にかけられた少女」』をリリースした。表題曲「魔法にかけられた少女」は、氷川がKiina名義で作詞し、長年親交のあるミュージシャンの木根尚登が作曲した。その詞では、魔法で少年の姿に変えられてしまった少女が、悩み苦しんだ末に、本来の自分を愛して生きると決意するにいたるまでの様子が切々と歌われている。氷川は発売に際し、《一番苦しんでいる人や悲しんでいる人が一番幸せになれる世の中に変えていきたいと思って、心の叫びを書きました》というコメントをレコード会社・日本コロムビアの公式サイトに寄せた(2022年10月25日配信)。

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『氷川きよし写真集 kii-natural』(2020年/主婦と生活社)

2022年末に歌手活動を一時休止

 ここまで来るともはや迷いはなくなっていたように思える。しかし、2022年の頭には同年12月31日をもって歌手活動を一時休止すると発表していた。公式サイトでの告知文ではその理由が、《ここで一旦お休みをいただき、自分を見つめなおし、リフレッシュする時間をつくりたいという本人の意向を尊重しこの様な決断に至りました》と説明された。氷川のなかではこの時点にいたっても、今後歌手としてどう展開していくかなどの点で葛藤がまだあったのかもしれない。