準備の甲斐があって、序盤はうまく指せた

 柵木は試験の第4局が指されたその日、同じく関西将棋会館で公式戦を指していた。

「終局後に宮嶋君が呆然としていました。昔から仲が良いこともあって、声をかけたのですが、どこかフワフワという感じです。夕食に誘ってみましたが、そういう気分じゃないと」

 そして、柵木の師匠である増田裕司七段は第4局の前日に宮嶋を見かける機会があったそうだ。

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「いつもと違っていた、と師匠から連絡がありました。そのことでより普段通りに指せるかが大事だと認識しましたね」

 事前に第5局は柵木の先手番と決まっていた。西山は自らがもっとも得意とする三間飛車を採用。対局の流れについて柵木は以下のように言う。

「普段の私でしたね」。準備の甲斐があって、序盤はうまく指せたと振り返る。

 

 報道陣へ控室への入室が許可されたのは午後1時半だが、あっという間に席が埋まった。普段の対局では見かけない顔もある。わかっているつもりではあったが、改めて注目度の高さを感じた。その時点でAIの指し示す評価値はやや柵木持ちを示している。

 結果的に、評価値が西山の側に傾くことは一度もなかったのだが、柵木の見方は違っている。

「中終盤には甘いところがありました。運よく、西山さんからの攻めがなかった、という感じです」

勝負を分けた一手

 試験当日、増田七段は西山の師匠である伊藤博文七段と会う用事があったそうだ。

「しばらく雑談していました。『西山さんが勝ったら取材を受ける』と仰っていましたね。その後は1人で(日本将棋連盟モバイルの)携帯中継を見ていました。急戦で行くと見せかけての持久戦と、柵木がよく研究しているな、と。中盤で西山さんの飛車が遊んでいましたが、それほど形勢に差はないと見ていました」

 勝負を分けたのは107手目だろう。柵木が自玉近くの角取りを放置して、敵玉頭を歩でタタキ、さらに桂を打って寄せの拠点を築いた。動画視聴者からも踏み込んだ柵木の勇気をたたえる声は多く、増田七段も感心したという手順の組み合わせである。ただ柵木自身は局後の感想戦で「読み切っていたわけではなく、ただ開き直っていただけなので」と語っていた。

 後日に改めてこの手順について聞くと「自分も観戦者なら、オーッとなるかもしれませんが、他の棋士の方も公式戦なら指す着手だと思います」という返事があった。