水道は珠洲市が9月になって、仮復旧工事を始めた。実はトンネルの向こうの輪島市では3月に水道が復旧していた。真浦町の住民達は「すぐ先なのだから、輪島市に水を融通してもらってほしい」と何度も珠洲市に要望した。これを受けて、市境をまたぐ仮設水道管の工事が開始されたのだった。水が出れば、風呂が使える。池田さんは大工に頼み、地震で被災した風呂の修理を急いだ。

「その工事がもう少しで完成するというところだったのです」。真里子さんが説明する。

 あの日、大工はいつも通りに仕事を始めた。

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ホテル海楽荘の玄関。サッシは修繕したばかりなのに、土砂に埋もれて曲がった ©葉上 太郎

わずかな時間で川が増水

「朝はそこまで降っていませんでした」と真里子さんは語る。

 だが、黄海上にあった台風14号の影響で、日本海に延びた前線に温かく湿った空気が流れ込んでいた。奥能登では線状降水帯が発生し、気象庁は午前9時7分に「顕著な大雨に関する気象情報」を発表した。午前10時50分には輪島市、珠洲市、能登町に「大雨特別警報」を発表する。

 1時間の雨量は輪島市中心部で121.0mm、珠洲市中心部で84.5mmと、観測史上最大を記録していた。

 真浦町ではどうだったのか。真里子さんは「午前9時ぐらいから雨脚が強くなったように感じました」と話す。

戸やバケツ、流出した様々な物が海岸に堆積した土砂に埋もれていた ©葉上 太郎

 それから1時間ほどで、旅館の横を流れる垂水川が増水した。土石流に襲われたのは、さらに1時間ぐらい経過した時だった。

 わずかな時間で急変したのだ。

真浦町に避難指示が届いていなかった

 ただ、その直前に珠洲市や隣接する輪島市では避難指示が出ていた。

 しかし、真浦町にいた人々には届いていなかった。

 まず、地上波のテレビが見られない。地震で山が崩落して、珠洲市側のトンネルが埋もれ、中を通していたケーブルテレビのケーブルが切断されたままになっていた。

ホテル海楽荘の壁面は土石流にもぎ取られるようにして損壊していた ©葉上 太郎

 南は山、北は日本海という地形なので、ラジオが受信できる範囲も限られた。外国の放送は入る。だが、海楽荘で日本のラジオが聞けたのは、ロビーの窓際のほんのわずかなスペースだけだ。しかも、忙しく仕事をしていたので、いつも聞いているわけにはいかなかった。

 そして、あろうことか防災行政無線が地震で壊れていた。

 これについては「万一のことがあったら責任を取れるのか。早く直してほしい」と真浦町の住民達は何度も要望していた。