「中国人は中国人を信用しない」

 腕時計に目をやると、もう夜の8時になろうとしていた。「今日はホテルでゆっくり寝たい」というと、Mは自らアプリでタクシーを呼んでくれた。

 帰り際、ずっと気になっていた質問をぶつけた。なぜ初対面で、しかも外国人である自分を家に招いてくれたのかということだ。

 Mの答えは日本人の記者には理解しがたいものだった。

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「それはね、あなたが日本人だから。中国人は同じ中国人からも信用できない。初めて会って家に招き入れたりしない。中国人の考え方は『騙されたほうが悪い』。私は中国人を信用しないけど、日本人は信用してる。あと、たまには日本語を喋らないと忘れるでしょ」

 Mの表情からそれがリップサービスではないことが読み取れた。決して人を信用しない。通底するのは「カネのために利用できるか、できないか」。酒は入っているがMの目つきは冷淡だった。この日本人が本当に信用に足るやつなのか。記者の表情や動きから終始目を離さない。

 玄関で礼を言い、タクシーに乗り込んだ。Mが見送る豪邸を後にし、バンクーバー在住の知人に、無事をLINEで報告すると、数秒で既読マークがついた。

日本人女性急増の影響

 Mとはその後、直接の連絡は取っていなかったが、異変が起きたのはカナダ取材を終えて2か月後のことだった。ウィーチャットに部下らしき人物から中国語の短文メッセージが送られてきた。翻訳アプリで日本語に変換すると「女の子を送るのは少しだけ待ってほしい」とのメッセージだった。初めから送るつもりなど毛頭なかったが、「事務所を持たせてもいい」とまで言い放ったボスに何があったのだろうか。

 ミユにその旨のメッセージを送ると、すぐに通話アプリで電話がかかってきた。相変わらずレスポンスは早いが、直接電話がかかってきたのには少々驚いた。しかし、電話口の声は沈んでおり、前回話したときよりトーンが一段低かった。

「ヒマなんで電話しちゃいました。さっきまで旅行の準備をしてたけどやることなくて。私、明日から1週間の休暇をもらってシアトルに行くんですよ。アメリカ西海岸でも回ろうかなって……」