父親が兵士ともみ合っている隙にバーセルは難を逃れた。しかしその夜、軍が再び村を襲い、父親を連行する。ユヴァルについても、彼が撮影する姿を逆に撮影する入植者。ニヤニヤしながら罵声を浴びせる。
「敵を助けるユダヤ人。フェイスブックで晒せば袋叩きだ」
必要なのは、物事を変える方法を見つけること
こんな状況で彼らは友だちでいられるのか? 二人が語り合うシーンが印象に残る。
「いつか安定したら今度は君(バーセル)が僕(ユヴァル)を訪ねて来て」
「いいけど、許可証が出ないよ」
「民主化されたらどんな許可証も手に入る。軍に申請しなくてもいい」
「仮の話だね。彼ら(イスラエル)は僕ら(パレスチナ)の人権を奪った。今の彼らには強い軍隊と技術力がある。でも弱かった時を忘れるべきじゃない。苦しんだ時を」
ユダヤ人にもナチスの迫害を受けた“弱かった時”があった。ホロコーストについて哲学者ハンナ・アーレントは「悪の凡庸さ」と語った。平凡な人間が命令に従って残虐なことをする。今のイスラエルは、ナチスがユダヤ人にしたのと同じことを行っているように見える。
「必要なのは、物事を変える方法を見つけること。誰かの心に響いた後どうするか?」
ユヴァルの言葉は報道に携わるすべての人に共通するものだ。映画では海外のジャーナリストが銃で撃たれた男性の元を訪れるが、通り一遍の取材で引き上げる。これでは何も変わらない。大阪弁の「いっちょ噛み」という言葉が頭をよぎる。対照的に、同行したカメラマンが母親に親身な言葉をかける姿が印象深い。
映画の最後は悲劇的なシーンで締めくくられる。綺麗ごとでは済まないが、希望は残る。カメラを止めない。真実を伝える。その先に未来が開ける。これこそドキュメンタリーの本質だというメッセージと受け止めた。この作品は日本時間の3月3日、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞に輝いた。アメリカではイスラエル贔屓が根強いが、それを乗り越えての受賞は、映画のメッセージへの何よりの答えだろう。
【作品概要】
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』
原題:NO OTHER LAND
監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
2024年/ノルウェー、パレスチナ/アラビア語、ヘブライ語、英語/95分/日本語字幕:額賀深雪/字幕監修:高橋和夫/配給:トランスフォーマー
TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
