ソウル郊外の小さな団地で家族と暮らす28歳のケナ。通勤には片道2時間かかり、上司は自分の評価を気にするばかりで彼女の意見を聞いてくれない。大学時代から付き合っている恋人がいるが、彼の実家の裕福さにみじめな思いをすることも。“韓国には未来がない”そう感じたケナは、会社を辞め、恋人も置いて、韓国を抜け出すことに――。
映画『ケナは韓国が嫌いで』は、2015年に刊行されベストセラーとなった小説『韓国が嫌いで』を原作に、韓国の若者が直面する現実を描く。
「原作小説は刊行の数カ月後に読みました。その頃すでにベストセラーになっていたんです。僕は飛行機の中で本を読むのが好きで、この時はフランスの映画祭に出席するために飛行機に乗ったのですが、韓国の空港でこの本を買って、シャルル・ド・ゴール空港に着いた時には、次の映画はこれにしようと決めていました」
そう語るのはチャン・ゴンジェ監督。“第二のホン・サンス”と世界から注目を集め、本作は、釜山国際映画祭開幕作にも選ばれた。
「原作に書かれているうんざりするような“韓国らしさ”や、それに対する拒否感に共感したんです。たとえば、韓国で暮らしていると、自分の人生に対して周りの人が口を出してくるんですね。いい大学に行け、いいところに就職しろ、早く子どもを作れ、2人目はまだか、家を早く買えだとか。私も、こういうことに悩まされたんです」
韓国を離れる決心をしたケナは、1人ニュージーランドへ旅立つ。そんなケナを等身大で演じるのは、子役としてデビューし、ポン・ジュノ監督『グエムル-漢江の怪物-』で中学生の娘役を演じたコ・アソン。移住先で友人となるジェイン役は、ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」でブレイクし、今年1月に放送された「スロウトレイン」で日本ドラマ初出演も果たしたチュ・ジョンヒョクだ。
「演出する際は、コ・アソンさんのほうがケナに年齢が近いので、私から何か提案するというより、彼女の話を聞いて私が勉強させてもらうような形でした」
韓国でも、ケナは十分に優秀な女性に見える。「自分には落ち度がないのに、ここでは幸せになれない」という台詞が印象的だ。
監督・脚本|チャン・ゴンジェ
出演|コ・アソン、チュ・ジョンヒョク、キム・ウギョム
配給|アニモプロデュース
製作|2023年 韓国 上映時間|107分
「この10年ほど、韓国では痛ましい事件がたくさん起こりました。セウォル号沈没事故や、梨泰院での雑踏事故、2016年には若い女性が見知らぬ男性にトイレで刺殺される事件もありましたが、すべて若い人が犠牲になっている。ケナは、そんな犠牲になってきた世代に属する女性といえるかもしれません」
原作小説が刊行された2015年頃、韓国の若者の間で「ヘルコリア(地獄の韓国)」という言葉が流行した。就職率の低さや労働環境の劣悪さなどを自虐的に批判した言葉だ。
「2015年の韓国と今の韓国では、相変わらず同じ部分もあれば、大きく変わったところもあります。たとえば、結婚制度に対する抵抗感は非常に強くなっていて、今、30代の未婚率は50%を超えている。もはや結婚はファーストオプションではなくなっているんです。他にも、男性中心主義的な社会への拒否感は大きなエネルギーとなって『#MeToo運動』が巻き起こりました。国や既存のシステムに対する不信感がさらに大きくなっているのです」
ニュージーランドでアルバイトをしながら、自分の居場所を見つけていくケナ。一方で、韓国で暮らすケナの家族や友人、ニュージーランドで出会った韓国の家族も描かれ、なにかの“正解”が提示されるわけではない。
「映画を観た人が、『ケナは一体何を望んでいるのだろう?』と考え、自分だったら何を選ぶのか、自問自答してくれたらいいなと思っています」
장건재/1977年生まれ。韓国映画アカデミー撮影専攻卒業。長編デビュー作『十八才』(09年)でバンクーバー国際映画祭、ソウル独立映画祭などで受賞し、『眠れぬ夜』(12年)はナント三大陸映画祭などで受賞。日韓合作映画『ひと夏のファンタジア』(14年)は、釜山国際映画祭、韓国映画評論家協会賞、イタリア・アジアティカ映画祭などで受賞。
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映画『ケナは韓国が嫌いで』
3月7日全国公開
https://animoproduce.co.jp/bihk/
