『月収』(原田ひ香 著)中央公論新社

〈今、頭の中にある悩みごと、お金があったらほとんど解決するのに。〉

 そんな一文から始まる原田ひ香さんの新刊小説のタイトルは、ずばり『月収』。累計100万部を突破した『三千円の使いかた』や、『財布は踊る』など、これまでもお金をテーマにした小説を発表してきたが、本作では、月収4万円から月収300万円まで、境遇も年齢も様々な6人の女性が描かれる。

「以前、月収16万円の人が節約してマンションを買ったという本を読んだんです。16万というのは当時の20代会社員の平均的な手取りでした。人生をイメージして目標を持つのっていいことだなと感じ、他にも検索してみたら、“月収〇〇円”“年収〇〇円”と冠した本がたくさんヒットして。これは大きなトピックだなと思ったんです」

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 乙部響子は熟年離婚をし、年金暮らしで月収は4万円。節約を心掛けつつ、わずかな貯金を取り崩しながらの生活に不安を感じている。冒頭の一文は、そんな彼女の心の声だ。

 まだ本を一冊しか出せていない小説家の大島成美は、不動産投資で月4万4000円の収入を確保。さらに、収入を抑えることで税金を少なくできると知り、派遣の仕事を辞めて執筆に専念、生活スタイルも一変させる。

「働き方や、どこでどんな家に住むか、自炊するか外食に頼るかなど、何を重視するかによって暮らし方って大きく変わりますよね。その優先順位を考えることが、自分が本当にやりたいことに向き合うことにも繋がるのだと思います」

 原田さんがこう語るように、収入やその使い方には、その人の価値観や生き方が表れるのだ。そして、収入を得る方法も人それぞれ。会社員の滝沢明海は、親の介護が必要になった時の費用を貯めるため、新NISAを活用することに。生活を切り詰め、なるべく早く限度額を埋める計画を立てる。

「『三千円の使いかた』を出した後に、『今までお金のことはあまり考えてきませんでした』という感想をたくさんいただきました。『iDeCoやNISAも、やらなきゃとは思ってたんですが』という声も多くて。私の読者は50代以上の女性が多いのですが、資産運用や投資に対して抵抗がある方が多いのかもしれません」

原田ひ香さん

 一方で、〈お金では買えないもの〉に出会う人も。夫の遺産と株式投資で月300万円の収入がある元実業家の鈴木菊子は、お金の使い道を探すうち、ある場所で働くことになる。

「連載中に、『きみのお金は誰のため』の著者で金融教育家の田内学さんと対談する機会がありました。その時に田内さんが、みんなが投資してお金を増やすことにばかり熱心になっているけれど、それだといくらお金があってもいずれ投資する先がなくなると話されていて、なるほどと思ったんです。貯めることだけを考えるのではなく、仕事を通して自分も社会も豊かにできるのではないか。投資先を選ぶことで、若い人を支援することもできるのではないか。作品の後半は、そんなことも考えながら書きました」

 他に、パパ活で稼ぐ人や、生前整理の事業を始める人も。各話の登場人物が少しずつリンクし、時に影響を与え合うのも読みどころだ。

「今作に出てくる女性が全員独り身だということは執筆後に気づいたんです。今の社会状況が自ずと反映されました。そんな中、他人同士の彼女たちが何等かの形で支え合ったり、誰かが誰かを助けることになったのは、お金や仕事が、人を繋げるものだからなんですね。お金のそんな面にも、あらためて気づかされました」

はらだひか/1970年神奈川県生まれ。2007年「はじまらないティータイム」ですばる文学賞受賞。『古本食堂 新装開店』、「ランチ酒」シリーズ、『三千円の使いかた』、『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』など著書多数。