驚くのは、文章が古臭くない点
平井 この壺は、金閣寺近くに住むある陶芸家、省造が作った壺なのですが、彼は焼き物に薬で古色をつけて、年代物に見せる細工も日常的に行っているんですね。出色の出来ばえだったこの青い壺にも古色をつけてほしいと骨董屋に言われたことを知った省造の妻が、そうはさせまいと東京のデパートに渡すことから、壺の流転が始まる。
昼間 だから、壺がどこで出てくるかという楽しみがあります。花を活けにくい壺だったり、お礼の品にされたり、はたまたシスターの手でスペインに運ばれたり、最後は美術評論家に名品にされる。
内藤 私が驚くのは、文章が古臭くない点です。先ほどの「嵩高い」とか私たちが普段使わない言葉も使い、語彙が豊かなんだけど読みやすい。
インドネシアで育ちアメリカ留学。規格外の感性を培った
高頭 50年前の小説だと若干読みづらい部分があって当然だと思うんです。出たばかりの『有吉佐和子ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)を昨日から読み始めたのですが、ユーモアのセンスや会話が今と同じような言葉で表現されている。昔の女の人の言葉遣いが若干あるのに、違和感がありません。
昼間 有吉作品は、押しなべてそういったものが多いですもんね。『青い壺』だけが突出して読みやすいというわけではない。
内藤 有吉さんは帰国子女ですよね。幼い頃は父の仕事の関係でインドネシアで育ち、作家になってからもアメリカに留学している。だから、日本人の振る舞いや考え方に面白さを見出し、新しい発見のように自分の中に取り込んで描き出しているのだと思いました。ものの見方が当時の日本人に比べたら新しいというか、日本の風土の自縛がない。だから時代の中の古臭さがないのではと思います。当時の日本人女性としては規格外の思考回路、感性、スケールを海外で培った人なんじゃないでしょうか。
