しかし肝心の値上げの理由は、人件費の高騰ということしか明示されなかった。どこの人件費が高騰しているのかと尋ねると、理事会は言葉に詰まった。

 こんなやり取りが何往復も繰り広げられ、会場は次第に混沌とした空気になっていた。 

「これは持ち込み禁止だから」引っ越し当日に突然、管理人に呼び止められて…

 住宅設計事務所で働く佐藤彰は、この年、初めて総会に参加した。

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 2016年に賃貸契約を結び、妻と子どもと共に秀和幡ヶ谷レジデンスに住み始めた。 

 違和感は当初から少なからず感じていた、と佐藤は記憶をたどる。

 アウトドアの趣味を持つ佐藤は、休日にはサーフィンやスケートボードに興じることが仕事への活力となっていた。引っ越しの当日、スケートボードが搬入される際に管理人から突然呼び止められた。

「これは持ち込み禁止だから」

 不動産会社で働いた過去もある佐藤は、事前に持ち込み可能な所有物を確かめていた。 

 特に大型のアウトドア用品については、これまでの経験から、事前に確認する習慣もついていた。しかし、管理人からは執拗(しつよう)に注意を受け、その日持ち込むことが認められなかったという。

「渋谷の北朝鮮」と呼ばれた秀和幡ヶ谷レジデンス(写真提供=毎日新聞出版)

「ダメだ! 認められない! ルールだから!」と言い続ける管理人に困惑

 さらに佐藤が気がかりだったのが、なぜか管理人の大山氏が搬入中も運び込まれる荷物を全て確認するようにその場から離れようとしなかったことだ。

「ダメだ! 認められない! ルールだから! と、ずっと言い続けているわけです。こちらが解決策を見つけるために会話をしようにも、成り立たない。私からすると、禁止であることも知らないから、『なんのこっちゃ』という状態でした」

 早々に面食らった形だが、ぐっと言葉を吞み込んだ。管理人の存在は気になったが、賃貸で住み続けているうちは大きなトラブルに発展したことはなかったという。

 住み始めて1年が経った頃、会社から独立し、設計士として個人事務所を持つなど変化が生まれていた。渋谷区の一等地という環境は育児をする上でも魅力に映っていた。そこで賃貸ではなく、思い切って35年ローンで購入することにしたのだ。

 17年の秋、佐藤は秀和幡ヶ谷レジデンスの区分所有者となった。賃貸として過ごしていたこともあってか、すんなりと売買契約は進んでいった。