「水を持ってませんか」手ぶらの新聞記者

 新聞社の記者だった。記者は山道脇の繁みに倒れ込むように横たわり、「水を持ってませんか」と声をかけてきた。驚いたことに彼は手ぶらで何も持っていなかった。だらしなくネクタイを下げ、汗と埃でヘロヘロになっていた。スーツに革靴、まったくの都会での取材スタイルを山に持ち込んでいた。

 少し水を飲ませ、先を急いだ。すぐ側の木の梢で、美しい声の小鳥が我々の苦悶も知らずに盛んにさえずっていた。その山道の先々で、知り合いのカメラマンや記者たちが、喉の渇きと暑さで道でへばって倒れていた。驚いたのは、放送局名が書かれた業務用のビデオカメラが棄てられていたことだ。

 現場に近づくにつれ、複数のヘリが唸りを上げながら山頂付近を旋回しているのが見えた。目指す墜落現場は、ヘリの下付近にあるらしい。何度も足を踏み外しながら急峻な山道を谷へ向かって下りていった。

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 すると突然、尾根へと続く深く切れ込んだ谷底に、墜落したジャンボ機の巨大なエンジンと思われる一つが、エンジンカバーから外れ剥きだしになって落ちていた。谷底に巨大なジェットエンジンが? なんとも不可解でシュールな光景だった。触れてみると、ささくれた軽合金のひんやりとした触感が手のひらに伝わってきた。

 墜落現場へ通じる最後の急な山中を、笹を両手で握りながらを登って行った。乗客と思われる部分遺体が、いたるところに散乱している。

 突然、眼の前の視界が開けた。狭い尾根の一角を覆うように、大きな文字で“JAL”とペイントされたジャンボ機の主翼の片方が、横たわっていた。尾根に沿って生えている木々のほとんどがなぎ倒され、いたるところから航空燃料ケロシンやプラスチック、タンパク質の燻る煙が立ち昇っている。なんとも表現しようもない嫌な臭いが辺りを包んでいた。

激突したジャンボ機の片方の主翼 ©橋本昇

 いままで見たことも無い現場の凄惨な光景に、呆然とするなか、現場の尾根へと蟻が這い上るよう登って来た捜索隊員やカメラマンたちの姿が、目に入った。

 400tのジャンボ機が、墜落ではなく激突したのだ。想像するに、機体重量約500tの半分を占める200t近い航空燃料ケロシンは、尾根に衝突と同時に一面に、爆発的に燃え広がったのだろう。