藤井聡太名人に永瀬拓矢九段が挑戦する第83期名人戦(主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟、協賛:大和証券グループ)七番勝負は、藤井が連勝して第3局を迎えた。舞台は大阪府泉佐野市「ホテル日航関西空港」ジェットストリーム特設会場。2局続けて空港での対局だ。

「ホテル日航関西空港」で行われた名人戦第3局

藤井、わずか5分の考慮で突く

 2日目の夕休憩が終わり、午後5時30分に対局再開。控室では桂の取り合いを予想していたが、永瀬は桂を逃げた。「またも辛抱ですか」と皆が驚く。

 藤井は銀取りにと金を引いてから、角で歩を払う。ここで6四のマス目が空いたが、皆その重要性に気づいていない。永瀬は歩を取りつつ角道を通す。藤井陣は3四のマス目が空いている。ここに歩を打たれると陣形が乱れる。なので3四に歩を打たれるのを防ぐには、先手の角道を止めるとか、先手陣の右側ばかり見ていた。

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 ところが藤井は、わずか5分の考慮で6筋を突く! 全員の顔色が変わる。この手は痛すぎるとすぐに理解した。

 ▲3四歩△同銀▲3五歩で銀を取るのはどうかと並べたが、△6五歩▲3四歩△6六歩まで局面を進めて、出口が「いきなり本丸から攻め込まれては」と言い、稲葉も「銀1枚もらっただけでは釣り合いが取れない」、豊島「これは厳しいですね」と、すぐに局面を戻された。

対局室の模様を中継する控室のモニター

「「藤井さんの距離感が的確すぎる」

 大橋が「遅くなるとか解説したんですが、まだ午後6時前ですか」と漏らすと、稲葉が「と金を3八に引いたから あっち(盤面右半分)、ばっか見てしまって、こっちに視線がいかないですよね。本当に視野が広いなあ。急所を見抜く力はさすがです」と語り、周囲の皆がうなずく。

 ずっと冗談を言って場を和ませていた福崎ですら真顔になり、「藤井さんの距離感が的確すぎるわ。キツイですんだらええねん、というくらいキツイねえ」とため息をついた。

 それでも永瀬は手を尽くす。2筋の歩を突き捨て、歩の王手で藤井の矢倉を乱してから角を出て、馬を作る。

藤井が次の手を指すまでの“永遠のように感じる”11分

 手番が藤井に渡った。5筋に歩を成っても先に銀交換しても、どう攻めても良さそうだ。だが藤井は指さない。出口が「ここで慎重に腰を落とすのが一番すごい。喜んですぐ指しちゃいそうですもんねえ」と感嘆の声をあげた。藤井が次の手を指すまでの11分は、永遠のように感じられた。そして持った駒は、と金だった。じわっと4筋に移動させて、5筋に近づけた!

 このと金まで使うのか! これまた指されると厳しいとわかる。

 藤井陣は歩まで含めて全部の駒が働いている。一方、永瀬陣は飛車銀桂香がまったく機能していない。稲葉が「相手の駒を全部遊び駒にして、自分の駒はすべて働いている。キレイだなあ」と感嘆の声をあげる。

 ついに永瀬が首を差し出した。

 この将棋は95手目に銀交換するまで、歩以外の駒が駒台に乗らなかった。そして藤井は初めて歩以外の持ち駒を使った。銀を敵陣に打ち込むと、永瀬は1分考えてから投了した。終局時刻は午後7時28分。消費時間は藤井の8時間22分に対し、永瀬は8時間17分と、43分も残した。稲葉はエレベーターに乗りながら「永瀬さんの心を折るとは……」とつぶやいた。