「距離感をつかむのが難しいところが多かった」と話すが…

 インタビューで藤井は「相矢倉を公式戦で指すのは久しぶりだったので、全体を通して距離感をつかむのが難しいところが多かったかと感じています」と話し、私は、心の中で突っ込んだ。あんな完璧な距離感を見せておいて難しかった……? 6筋の歩を突けば攻め合いで勝てると読み切れる棋士が、いったい何人いるのだろう。

 藤井が話している間、永瀬は目を閉じていた。戦いを反芻していたのだろう。

 そして永瀬のインタビュー。千日手についての質問を受け、「千日手は妥当な気がしましたが、後手番の策がなかったので。局面としては50-50くらいかなという気がしたので」と応じた。たしかに指し直し局のことを考えたら、やり直せば良かったではないかと簡単には言えない。第2局で用いた作戦は、2度目は通用しないからだ。

ADVERTISEMENT

 そもそも藤井が1手もミスせず、完全試合をしたこと自体がおかしいのだ。

 午後7時46分に感想戦が始まる。さすがにこの内容では、永瀬の整理体操で終わるだろうな。敗因を整理して、興奮を沈めて短時間で――。

感想戦中に駒台の駒をクルクルと回す藤井聡太名人

永瀬、心折れず「認め合っている」両者笑顔の感想戦

 と思ったら、あれあれ、序盤からみっちりやっているぞ。永瀬は藤井に「こうしたらどうですか」と、意見を言いながら笑う。いやいや、心は折れていない。だんだんと場が温まっていく。藤井が歩を垂らした局面になり、「ここではもうまずい」と結論が出て、盤面が動かなくなる。今度は口頭だけでの感想戦が10分以上も続く。まるで永瀬の研究室だ。

 いや、2人にとっては関係ないのか。将棋の真理を知りたい、最善手を追求したいのだ。立会人も副立会人も、それを真剣な表情で見つめている。やがて再び駒を動かし、序盤に戻り、両者の笑い声が対局室に響く。

感想戦で笑みを浮かべる永瀬拓矢九段

 やがて、あうんの呼吸で2人は正座に座り直し、午後9時ちょうどに感想戦は終わった。

 福崎と控室に戻りながら、「感想戦を終わらせるつもりはなかったんですか」と聞くと、「仲の良い2人を見ていて、声をかけるつもりはなかったですわ」。そして、「直前まで勝負を争っていて、しかもああゆう終わり方して……。それなのに、屈託のない感想戦をするとは。よっぽど2人は認め合っているんですねえ」としみじみと、しみじみと満足そうにつぶやいた。私も余韻が気持ち良かった。