藤井の対局態度に異変が起きた。突然うなだれてしまったのだ。見落としがあったことを隠そうともしていない。検討陣はなるべくAIの候補手を見ないで調べていたが、なぜ藤井がガックリしているのかわからない。

 そして、中継記者にその手順を聞いて、皆驚いた。こんな手順に気がつく人間がいるのかと――。しかし、この態度は、明らかに気がついている。藤井が54分もの長考で飛車を成りこませる勝負手を放つと、控室がどよめく。まったく予想があたらない。

対局中にガックリとうなだれる挑戦者・藤井聡太竜王

うなだれていた藤井はもういない

 渡辺も次々と意表をつかれて参ったろう。距離を取って戦い、遠目からパンチを打ち、しっかり守ってポイントを稼ごうとしたのに、竜を作らせてまで攻められたら、どうしても打ち合いは避けられない。渡辺はなんども頭に手をやり、銀取りに桂を打って攻めてから、自玉の頭上に香を打ってガードする。

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 ところがまたも藤井の態度が変わる。夕食休憩は30分だが、藤井は3分もしない内に対局室に戻り、一心不乱に考える。その姿勢は朝と変わらない。うなだれていた藤井はもういない。

 形勢を戻した、手応えを感じた、それを伝えるかのような対局姿勢だ。AIの評価値よりも藤井の対局姿のほうが信頼できる。盤上に現れるドラマ、水面下のドラマ、脳を極限まで酷使する、これぞ究極の頭脳ゲームだ……。

「ゆったりした進行は昔のタイトル戦のようですよね」

 渡辺明名人に藤井聡太竜王が挑戦する、第81期名人戦第2局は4月27・28日に静岡県の浮月楼で行われた。

第81期名人戦第2局は静岡県の浮月楼で行われた

 第1局とは手番が入れ替わって藤井が先手となり、後手の渡辺が藤井の角換わりを拒否して角道を止めた。渡辺は、藤井の陣立てに対応して高美濃にがっちり組む。今や2日制のタイトル戦でも猛スピードで進むことが多いが、本局はかなりのスローペースだ。

 私は1日目の夕方に現地入り。大盤解説会の解説を務める飯塚祐紀七段に挨拶すると、「2時間以上も1手も進まなくて、解説することがなくてしびれましたよ」と笑った。「ゆったりした進行は昔のタイトル戦のようですよね」と立会の青野照市九段。

 青野は現役棋士最年長の70歳、数多くの昔のタイトル戦に立会や理事として立ち会っている。「印象に残ったタイトル戦は?」と聞くと、

「1983年の箱根での谷川浩司21歳名人誕生の1局とか、2004年の新潟での渡辺明19歳竜王誕生の1局とか、節目のタイトル戦に立ち会いましたが、なんといっても1996年の山口県での、羽生善治七冠誕生の1局が一番ですね。あのときのメディアの取材はすさまじかったね」

 と懐かしそうに語った。