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「一見良い手に見えないけれど、これで勝ちなんですねえ……」

 そして冒頭の場面に戻り、藤井が形勢を持ち直して夕食休憩明け。渡辺が香を成って飛車角両取りをかけて勝負に出たが、ついに「藤井の桂」が発動する。持ち駒の桂を打ち、端に跳ねたのが強烈な1手。渡辺は上部脱出を図るが、そこで▲2六歩! またもどよめく控室。次に金を取っても詰めろではない。つまり、これは攻めていらっしゃいと催促したのだ。

 竜を作られ、飛車も角も桂も取られる状態で、しかも銀を取ることができるのに、なんという度胸だ。いや、読みだ。佐々木も絶句して「一見良い手に見えないけれど、これで勝ちなんですねえ……」。

 羽生が藤井について、「詰まないことを読み切る能力が突出している」と語ったことがある。この手がまさにそれだ。そういえばギリギリの寄せ合いの最中でも、1手緩めるような手を指すのは羽生の得意技だった。緩急のつけ方まで羽生に似てきたなあ。羽生さん、やばい相手に新しい球種を教えちゃったんじゃないの? 

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 ちょうどこのタイミングで大盤解説会にゲスト出演することに。こんな歩打ち解説できないよ、勇気君に代わってよ、とも言えず解説会場に。

「藤井さんの将棋は解説するのが大変です」と、何人もの若手棋士に言われていたが、その気持ちが分かった。そう言えば消費時間を見ていなかった。消費時間を確認すると、渡辺が残り30分を切っているのに対し、藤井は47分も残っている。最大110分以上も差があったのに? しかも▲2六歩は9分!? 56分も残していながら、たった9分で膨大な変化を読み切ったのか。

 解説会場は熱気もあってスーツにネクタイでは暑かったが、急にゾクッと寒気がした。

 ここで木村九段が登場して、私は観戦者に。木村は「▲2六歩について、佐々木さんが『すごいなあ』って言っていたんですよ。A級に上がった棋士がすごいなあと」。

順位戦A級への昇級を決めている副立会の佐々木勇気八段

 渡辺が投了すると、木村は「渡辺さんのペースでうまくやっているはずなのに、気がつくと藤井さん勝ちになっている。藤井さんの終盤が強かったですね」と言って解説会を締めくくった。

頭がフル回転していて、発熱していたのだろう

 局後のインタビュー、藤井は「香を取るつもりだったんですが、△3五桂▲3六銀に△4五金と出る手が厳しいことに気がついて」と、誤算があったことを正直に告白した。やっぱりそうか、その手を読んでいたか。