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 藤井はハンカチで何度も顔を拭いた。対局室は暑くなかったが、藤井はパソコンのCPUのように、頭がフル回転していて、発熱していたのだろう。

 渡辺は冷静な口調で感想戦を進めていたが、△3五桂~△4五金については「こっちから」と驚いた。

 それはそうだろう。この金は玉が上部脱出したときの守護神だ。それを自ら盤上から消す手なんて、指しにくいなんてもんじゃない。もし藤井もAIもない時代、10年前だったならば、おそらくこの手順は見過ごしたままだったろう。

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 渡辺が悔やんだのは銀取りに桂を打った手。8筋の歩の突き捨てとの2択に迷っていて、「歩を突くんだった」と悔やんだ。桂打ちで負けにしたと思っていたそうだが、まだ勝負所があった。桂の王手に対し、桂を香で取って寄せ合いに持ち込み、 竜を金ではなく銀と刺し違える順だ。佐々木がその順を指摘すると、藤井も「流石にそれは見落としていました」と驚いた。

 終盤は金の価値が高いのに、守りの金を自ら消す手や、金ではなく銀を取る手が良かったなんて、将棋は難しすぎる。いや藤井将棋における「最善手」が難しすぎるのだ。

 藤井は感想戦でも表情豊かだった。難しい局面では顔をしかめ、面白い手が出たときには笑う。渡辺ときたんなく意見を言い合うのが楽しいのだろう。1時間以上も検討は続き、最後はまたも口頭での感想戦となった。

藤井は大いに感想戦を楽しんでいた

「あれが現代将棋なんですね。藤井さんに勝ち切るのは大変です」

 後日、叡王戦第3局の控室で居合わせた3人に感想をうかがった。

 まずは藤井の師匠、杉本昌隆八段。

「渡辺名人の序盤戦術に感心しました。矢倉・雁木系のしっかり組み合う将棋に誘導して。第1局は最後まで難解、第2局は藤井が苦しかったですし、内容的には1勝1敗でした。なのでこのまま終わるとは思いません」

 次いで将棋連盟会長でもある佐藤康光九段。

「第2局は渡辺名人が得意とする、細かい攻めをつなげる展開になって。飛車を成りこんだところは渡辺さんのペースだと思っていたんですが。桂打ちでは歩を突くべきだったと悔やんでいたんですか? たしかにそうですね。普段の渡辺さんなら指しそうな手なので、逃すのは意外ですね。藤井さんの成香の利きに打ったあの桂打ちはすごいですね。私には指せないですね。

 1局目の居玉で攻めたのも驚きましたが。あれが現代将棋なんですね。藤井さんに勝ち切るのは大変ですね」