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対局中の藤井聡太が突然「ガックリ」 AIの評価値よりも藤井の対局姿勢のほうが“信頼できる”これだけの理由

対局中の藤井聡太が突然「ガックリ」 AIの評価値よりも藤井の対局姿勢のほうが“信頼できる”これだけの理由

プロが読み解く第81期名人戦七番勝負 #2

2023/05/12
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11時30分すぎ、ようやく本格的な戦いに

 渡辺が端に飛車を回ったところで藤井が次の1手を封じた。1日目に本格的な戦いにならなかったのはいったいいつ以来だろうか。

 翌日、封じ手開封。私は奨励会時代に2日制タイトル戦の記録を務めたことがなく、副立会も1日制のみなので、封じ手開封の儀式を間近で見るのは初めてだ。ふたりとも平常心といった感じで、封じ手の香上がりにも渡辺はまったく表情を変えなかった。藤井は飛車も回って1筋を狙う。渡辺は桂を跳ねたので端の枚数が足らない。なので玉自らで端をフォローする。

 11時30分すぎ、ようやく本格的な戦いに。藤井が角を出て端攻めを狙うと、渡辺は角取りに金をぐいっと上がった。金は斜めに進むと後戻りできない。この1局の命運をかけるという決意を込めた1手だ。ここで12時となり、1時間の昼食休憩に。

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予定稿を書いていた記者が慌てて記事を直す

 副立会の佐々木勇気八段と澤田真吾七段、大盤解説の木村一基九段らと検討する。端に角を成り捨てて攻めが成功すると思われたが、調べてみると簡単ではない。記録係の福田晴紀三段と廣森航汰三段も検討に加わる。廣森が端をすべて手抜き、上部脱出を図ったらどうかと提起する。なるほど、上に逃げればあの金が守護神となる。

封じ手を手にする大盤解説の木村一基九段

 盤側でずっと考えている三段が加わると検討に厚みが増す。とはいえ手数をかけて端を狙ったのだからここは行くしかないだろう、と私も他の棋士も取材に答えた。ところがである。藤井は誰しも予想しない手順を指した。1筋の端攻めをあきらめ、角を引き、香取りに9筋の歩を突いたのだ。角捨ての予定稿を書いていた記者が慌てて記事を直す。合計3時間以上も読んだであろう端攻めを捨て、全然違う場所に手をつけるとは、と全員が呆気にとられた。

 だが、調べてみると歩で香を取りにいって難しそうだ。青野が「視野が広いですよね。そう言えば、棋王戦でも藤井さんはこういう手を指していたよね」とつぶやく。

 そうだ、そうだった! 2月の渡辺との棋王戦第1局、藤井は歩頭に桂を打って金頭に歩を叩くと、左辺から猛攻しておきながら、取られそうな桂を放置して、一転して9筋に歩を打って香を取りにいったのだった。このとき私は仕事で谷川浩司十七世名人と一緒で、谷川がABEMAの中継画像を見て、「ここで歩を打つのか……」と絶句していた。

 青野はその後の大盤解説会で、

「いい手かどうかは別にして、どうして藤井さんはこういう曲線的な手が浮かぶのかと。こういう手はなかなか浮かばないので。どうやって身につけたんだろうと不思議ですねえ。強いひとと対戦してひどい目にあって、経験を積んで会得できるのを、20歳でできるというのはなんなんでしょうね」

 と解説した。