「確かに映画監督は夢の一つでしたが、心惹かれる物語でなければ、わざわざやろうとは思わなかったでしょう。それほど、この『犬の裁判』には愛着と確信を持っています」と、自身にとっての監督デビュー作について力強く語るのは、本作で主演も務めたレティシア・ドッシュさん。題名通り“犬が被告になった裁判”の弁護士アヴリルを演じた。
アヴリルは、裁判に負けてばかりのへっぽこ弁護士だ。次こそ勝たないとまずい状況で舞い込んだのは、人を噛んで大怪我を負わせた犬コスモスの弁護依頼。勝ち目はないものの、このままでは安楽死だと知り放っておけず……。かくして崖っぷちの1人と1匹の奮闘が始まるのだった。
「犬は子どもの時から身近な動物でした。相性もいい。すぐに仲良くなれるんです」
そう言うだけあって彼らのコンビネーションはばっちり。特に、心が通じ合う前と後の距離感の違いは絶妙で笑いを誘うシーンが満載だ。コスモス役を務めたコディは、本作でカンヌ国際映画祭「パルム・ドッグ賞」を受賞している。
「コディは素晴らしい俳優です。どんなシーンでも、『カット!』と言われた途端にモードが切り替わる。私たちは対等なんだと感じさせてくれる存在でした。それどころか、現場では彼の散歩が最優先(笑)。というのも私は、コスモスをちゃんと犬らしい姿で登場させたいと思っていたんです。CGで表情を加工された犬ではなく。そのために彼との信頼関係は欠かせませんでした」
ドッシュさんには、これまでにも馬と共演する舞台を成功させた実績がある。背景には彼女の動物に対する深い理解、自然環境への関心がある。
「この物語は実際にあった事件をベースにしているのですが、舞台であるスイスの法律では、犬は生きものではなくモノという扱いなんです。そんな人間本位の理屈に疑問を持っています。地球上で暮らしているのは人間だけじゃない。動物も植物もいる。そのあり方、バランスについて私は興味があるし、より多くの人に考えてほしいと願っています。これはコメディ映画なので、もちろん大いに笑ってほしい。でも一方で、それだけでは終わらない、様々なテーマを込めているんです」
そのテーマの一つが、アヴリルの描き方に表れている。40代にもなって半人前。自分に自信がなく、セクハラ上司にも曖昧な笑顔を向けることしかできない彼女――。
「アヴリルには、大人としての分別はある。でも、自分のやりたいことが何なのかはわかっていない。そんな等身大の女性を演じ、描くことで、私は自分のありうべき成長を発信しているのかもしれません」
Laetitia Dosch/1980年生まれ、フランス出身。俳優、ダンサー、舞台演出家、さらにラジオ番組制作も手がけるなどマルチに活躍中。俳優としての長編映画デビューは2010年。『若い女』(17)で主演を務め、18年のリュミエール賞最有望女優賞を受賞している。本作が初の監督作品となる。
