澤田さんは、両親が働いている頃は、ゴールデンウィークや年末年始休みくらいしか実家に顔を出さなかったが、母親は60歳前に、父親は70歳で完全に現役を退いてからは、両親それぞれに携帯電話を持たせ、毎日朝晩、電話をするようにしていた。

 2012年4月後半。83歳になった父親から、「数日前に顔面に小さな傷ができた」と電話を受けた。澤田さんは、「小さな傷」と聞いていたため、さほど心配はしていなかった。

 ところがその1週間後のゴールデンウィーク。澤田さん夫婦が実家に帰省すると、父親の顔面は大きく腫れ上がっていた。父親は「痛い! 痛い!」と絶叫し、号泣しながら痛みに悶える。一方75歳の母親は、そんな父親におののき、「どうしよう、どうしよう」とオロオロしながらおいおい泣くばかり。

ADVERTISEMENT

 澤田さん夫婦は、急いで父親を救急外来へ連れて行くと、医師は「帯状疱疹」と診断。痛み止めのブロック注射をしてもらったものの、完全には痛みはおさまらない。父親はなおも痛みを訴え、呻き続ける。

「入院できませんか?」と澤田さんは頼んでみたが、「帯状疱疹で入院はできない」と断られてしまう。

 父親が心配だった澤田さんは、そのまま実家に滞在することにした。

「痛みに涙する父は可哀そうでなりませんでしたが、何もできないくせに隣でオロオロするだけで、『お父さんがおかしくなってしまった! どうしよう! どうしよう!』と訴え続ける母に対しては、何度ぶん殴りたいと思ったかしれません。今にして思えば、あの頃から認知症になり始めていたのでしょう。当時の母に父の世話は無理でした。もしもあの頃に戻れたなら、介護休暇をとるなり、同居するなりして、もっと早くから父のケアに専念する方法を選んだと思います」

 澤田さんは、夜は父親の隣で眠った。父親の帯状疱疹の痛みは、昼夜問わず襲ってくる。強い薬で痛みを抑えると、今度は幻覚を見るようになった。父親は痛みや幻覚で度々絶叫する。その様子に怯え、「医者に毒を盛られた!」と大騒ぎする母親に、澤田さんは内心、「この人こそ入院させたい」と思った。父親が絶叫すると、母親も怯えて泣きわめき、澤田さんは母親を黙らせようと、つい声を荒げてしまう。澤田さんは3日で疲れ果て、先に都内の自宅に戻っていた夫に、「お願い実家に戻って来て!」と泣きついた。