仕事に家事、育児と忙しい日常を過ごす30~60代の働きざかり世代。そんな中、突然親の介護に生活ペースを乱されて苦悶する人は少なくない。

「するべき」ではなく「しなくていい」をベースにした介護の方法論があってもいいのではないか? 介護の現場を数多く取材してきたノンフィクションライター・旦木瑞穂さんはそう提案する。

 ここでは、旦木さんの『しなくてもいい介護』(朝日新書)より一部を抜粋。激務の妻の代わりに働きながら家事と育児を行う三井晃之さんが、認知症の母親の介護に直面して追い詰められていった事例を紹介する。(全3回の3回目/最初から読む)

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※画像はイメージ ©mapoイメージマート

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母親が認知症になる

 関東在住の三井晃之さん(50代・既婚)は、13歳年下の妻と高校1年生の長女、中学2年生の長男、小学5年生の次男の5人家族。

 障害者施設で働く妻は、遅番・早番に加え、夜勤も土日勤務もある。2014年に次男を出産後、育児休暇を取得したが、翌年職場復帰するにあたり夫婦で話し合った結果、比較的残業のない三井さんが家事・育児をメインで行うことになった。

 三井さんは、ネットワーク製品の開発などを行う会社の技術者だったが、2017年からは総務に異動している。きっかけは、当時80歳の母親の介護だった。

 母親は、三井さんの家から車で10分ほどの団地で一人暮らしをしており、三井さん一家が遊びに行くと、手料理を振る舞って迎えてくれるのが恒例だった。

 母親の愛犬の名前が「ポン太」だったため、子どもたちは「ポンちゃんばあば」と呼んで慕った。

 2016年の春休みにまだ6歳だった長女は、ポンちゃんばあば宅でのお泊り会を企画し、まだ79歳だった祖母と孫、水入らずの時間を過ごした。

 ところが、同年夏ごろから母親に異変が起こった。現金や貴重品を失くしては、三井さんや近所に住む自分の妹に「盗ったでしょ!」と責めるように。他にも、数分ごとに同じことを言う、随分昔のことを昨日のことのように話す、コーヒーのいれ方がわからなくなるなど、明らかに様子がおかしい。

 しかし三井さんは当時、仕事と家事、6歳、4歳、2歳の子どもたちの育児に忙しく、母親のことまで気にする余裕がなかった。