「何ならもう1回、やりましょうか」

 そのときの報道トーンによると、周囲があまりにノーヒットノーランを騒ぎ立てたので……。

「何ならもう1回、やりましょうか」

 その言葉は必ずしも、すべての人から受け入れられるようなものではなかった。一つ間違えれば“生意気な若僧”であり、“語彙の限られた若輩者”だと思われたからである。しかしこの逸話には後日談がある。彼は引退後にこう語っている。

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「試合後に4、5人の記者に囲まれた。すると、たぶん阪神担当の記者だったのでしょう。“こういう記録を作った人は短命の人が多いから、頑張ってくれ”と言うんです。えっ、この人はこんな時にこんなことを言うのか、と思ってね」

外木場が背負った「14番」は今、大瀬良大地が受け継いでいる ©文藝春秋

 その返しの言葉が「何ならもう一回、やりましょうか」だったのである。ともかくプロ野球の初先発でノーヒットノーランを達成したのは、史上初めてのことだった。彼は、そのときの闘魂とプライドを表に出し、1年毎に着実に力をつけ、次第にカープのエースの座へ近づいていった。

次の記事に続く イチローの「4367本」よりも、王貞治の「868本」よりもスゴいかも…? プロ野球で「たった一人」しか達成していない大記録を持つ“史上最高の投手”とは

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