神奈川県の山間部、秋も暮れる頃のことだった。ジャーマン・シェパードの警察犬、ユパ号は、行方不明者の捜索を行っていた。

 前夜に降った雨の影響で、行く道はぬかるんでいる。ペアを組む神奈川県警察本部刑事部鑑識課警察犬係の湯山孝昭巡査長は、ユパ号と周囲を注意深く見ながらリードを握る。

 ふとユパ号の動きが止まった。耳を立て、ある方向を気にするそぶりを見せた。

ADVERTISEMENT

「何かあるのかもしれない」

 湯山さんはそう直感した。ユパ号が顔を向けた斜面を見上げると、茂みの中に人のズボンのようなものが見えた――。

神奈川県警察本部刑事部鑑識課警察犬係の湯山孝昭巡査長とユパ号(9歳) 

畑に出かけて行方不明になった男性を発見

 神奈川県では現在、神奈川県警察の直轄警察犬が15頭活動している。出動エリアは県内全域にわたり、行方不明者の捜索や事件捜査に関わっている。9歳のオスのユパ号も、これまでさまざまな現場を経験してきた。

 なかでも秋の暮れの1日は、大きな“お手柄”をあげた日であった。

 それはある届け出から始まった。「高齢男性が行方不明になった」と警察に届け出があり、松田警察署から警察犬の出動要請がかかる。翌朝、ユパ号と湯山さんは現場へ向かった。

人の捜索を行う訓練をするユパ号。力強く地面を蹴り、フィールドを走ってにおいを探す

 そこは山間部で竹林が広がるエリア。前夜に大雨が降り、周囲の藪は雨で濡れている。

「誰も歩いてない山の中であれば、何時間経っても人のにおいは追えるんです。ただ、雨が降るとにおいが流れてしまい、足取りをたどるのが難しくなる場合があります」

 そう語るのは、警察庁の「指定広域技能指導官」として警察犬に関わる鑑識課課長代理の赤坂一彦警視だ。雨降りの山間部の捜索は危険も伴うため慎重に行う必要がある。

 現場では既に警察官や近隣の住民が捜索を始めていた。天気図を見て雨が止むタイミングでユパ号を投入。「霧がかかって先が見えにくかった」と湯山さんは振り返る。

ユパ号とペアを組む神奈川県警察本部刑事部鑑識課警察犬係の湯山さん

 警察犬の活動は、まずにおいの“原臭”として捜索対象者が直前に身につけていたものを嗅がせて始まる。この日は男性の帽子のにおいをたよりに足取りを追った。