ザオ・ウーキー(趙無極、1921-2013)は中国出身のフランスの画家です。1948年にフランスに渡り、後に帰化しました。東洋と西洋の両方の美術の教育を受け、一時期はパウル・クレーの影響を受けた具象的なモチーフも描いていましたが、渡航当時フランスで勃興しつつあった「アンフォルメル(不定形の意)」という荒々しい筆遣いの抽象表現に触発され、50年代から抽象画へと移行していきました。

 本作は深く濃い青色を主体にした不定形な形象を躍動感たっぷりに描いたもの。抽象画には大きく分けて二つの方向性があり、一つは幾何学的な形状で人の手を感じさせない滑らかな塗りのもの。もう一つは、荒々しい筆遣いで不明瞭な形状を描いたものです。ウーキーはまさに後者で、その特徴から「熱い」抽象と呼ばれています。

本作は、2003年にパリの国立ジュ・ド・ポーム美術館で開催されたザオ・ウーキー展にも出品されたそう(「ザオ・ウーキー展」図録〈石橋財団ブリヂストン美術館編 2004年刊〉より引用)
ザオ・ウーキー「07・06・85」
1985年 油彩・カンヴァス 114・8×195・2cm アーティゾン美術館蔵

 抽象画に移行してからのウーキーは、作品が完成した日付をタイトルにするようになりました。この絵は具体的な何かを描いているわけではないのですが、見る人のイメージを喚起させる力が強い作品です。あなたはどんなものを連想しましたか? たとえば、色使いや絵の具の質感から、荒れる海だとか、宇宙のどこかにある星雲だとか、あるいは心象風景のようなものを感じとったかもしれません。また、何かしら荘厳なものが生成する過程をシンボリックに表したようにも見えてきます。

ADVERTISEMENT

 見れば見るほど、この画面には本当に幅広い色・筆遣い・絵の具の質感が詰まっているのが分かってくるはず。まずは色。さまざまな階調の青、白、グレー、紫、茶色、角度によっては銀色に見える部分もあります。色面によっては明瞭な輪郭をもつものもあれば、境目がなく溶けるように交じり合うところも。塗り方は、厚塗り、薄塗り、かすれたところ、絵の具が粒状に画面にはりついている箇所が見られます。さらに、筆触については、絵の具を散らしたような飛沫、滲み、垂れ、踊るような線状のもの、大きなストロークで塗り伸ばされた面などバラエティに富んでいます。質感もマットだったり艶っぽかったり。このようにさまざまな要素が盛り込まれているからこそ、見る人はこの青い渦に宇宙的なエネルギーが凝縮されているように感じるのではないでしょうか。

 ウーキーの抽象画は画家の内面を表しているそうですが、洋の東西を問わない普遍的な神秘性を帯びています。このような作風の根底にあるのは中国の山水画だろうという指摘はしばしばなされています。また、甲骨文字をはじめとする書にも関心が深かったことから、文字という高度に抽象化された記号的表現の在り方に学び、筆の運びに表れる身体性を絵画に反映したのだろうとも言われています。

 アーティゾン美術館は国内最大のウーキー・コレクションを保有。現在10点以上のウーキー作品が一つの展示室に並んでいて、彼の作風の変遷をたどりながら見比べられるのは喜ばしいことです。

INFORMATIONアイコン

「石橋財団コレクション選 コレクション・ハイライト」
アーティゾン美術館にて9月21日まで
https://www.artpr.jp/artizon/highlight2025

次のページ 写真ページはこちら