6月18日、日本製鉄によるUSスチールの買収が完了した。しかし、これは「日本製鉄の勝利」と言えるのだろうか? ベテラン経済ジャーナリストの大西康之氏のレポートを一部紹介する。
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足元を見られた日本製鉄
トランプ大統領の本質はビジネスマンだ。判断は常に「損か得か」が基準になる。最初にビーンボール(危険球)まがいの高い条件を突きつけてから、「ディール(取引)」によって落とし所を探るのがビジネスマンの常套手段である。今回のビーンボールは「買収阻止」だった。
「逆転勝利だ」
「念願が叶った」
日本製鉄や日本政府からは喜びの声が聞こえる。だが喜んでいる場合だろうか。すでにこの時点で日本はトランプ大統領の術中にはまっているようにも見える。
日本製鉄によるUSスチール買収で両社が合意を発表したのは2023年12月。買収金額は141億ドル(約2兆円)だった。
それでも市場関係者からは「高すぎる」と声が上がった。鉄鋼業界に強い米調査会社、GLJリサーチのゴードン・ジョンソンCEOはこう語っている。
「日本製鉄はUSスチールを高すぎる金額で買ってしまった。USスチールが持つ資産は長年にわたって不採算で、同社が2021年に完全子会社化したビッグ・リバー・スチールは期待外れだった」
市場関係者が瞬時に「高すぎる」と判断したのは、USスチールが日本製鉄と合意する前の2023年8月に拒否していた米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスからの買収提案が約70億ドル(約1兆円)だったからだ。
USスチールはクリフスと日本製鉄の双方から買収提案を受け、2倍の金額を提示した日本製鉄を選んだ。しかし同じ米国で鉄鋼業を営むクリフスの方がUSスチールの価値を正しく測れたのではないか。ジョンソン氏はこう続ける。
「USスチールは(GoogleやOpen AIのような)テック企業ではない。成長性の乏しい会社に、この金額を提示する企業(日本製鉄)からは積極性ではなく、必死さを感じる」
この時点で日本製鉄は米国にとって、かなりの「いいお客」だったはずだが、経済音痴のバイデン政権は「経済安全保障上の懸念がある」と大統領令で買収中止を命じてしまう。バイデン氏の政策をことごとく否定してきたトランプ氏が大統領になったことで、状況は変わるかと思われたが、大方の予想に反してトランプ氏は大統領になった後も「USスチールは買収させない」とバイデン政権のスタンスを継承した。
