本誌3月号にも書いたが、本来、トランプ氏は米国に投資をしてくれる会社や投資家が大好きである。クリフスの2倍の金額を払う日本製鉄は「いいお客」のはずだが、「何が何でもUSスチールを買いたい」と思い詰めている日本製鉄を見て、トランプ氏も前出のジョンソン氏と同じく「必死さ」を感じ取ったのかもしれない。それなら、もっと値を吊り上げても逃げはしない。
「USスチールは非常に特別な会社だ。日本に渡ってほしくない」
「我が国の歴史の中でベーブ・ルースのようなビッグネームだ。海外企業が買うのは辛いことだ」
トランプ氏は日本製鉄と日本政府を焦らし続けた。思惑通りに日本側はどんどん札束を積んでいく。
設備投資金額は8倍に
6月13日、トランプ大統領はバイデン氏の「禁止令」を覆す大統領令にサインしたが、日本製鉄との協定には「(141億ドルの買収金額とは別に)日本製鉄が2028年までに110億ドル(約1兆6000億円)をUSスチールに投資すること」と、「米政府がUSスチールの経営の重要事項について拒否権を行使できる特殊な株式『黄金株』を持つこと」が盛り込まれた。日本製鉄とUSスチールが買収合意した2023年の段階で、設備投資計画は2000億円だったから、2年間焦らされた結果、実に8倍に跳ね上がったことになる。
「計画」なら「未達」もあり得る。2028年になって「1兆6000億円を投資しようと思っていたが、諸般の事情で達成できませんでした」と舌を出せば良いのである。虚々実々のビッグディールではよくあることだ。
だが、今回はそうもいかない。1株で取締役の選任・解任、株主総会決議の拒否など、強力な権限を持つUSスチールの「黄金株」を米政府が握ったことで、日本製鉄は「言い逃れ」ができなくなった。
※本記事の全文(約8500字)は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(大西康之「【USスチール買収完了】日本製鉄の正念場 海外レジェンド企業買収の黒歴史をひもとく」)。全文では、下記の内容を図表入りでお読みいただけます。
・USスチールの価値は甚だ疑問
・日本製鉄・橋本会長の本音
・東芝の凋落は巨額買収に始まる
・原発建設現場の荒廃
・「鉄鋼の町」で生まれたヴァンス
・アーサー・ミラー症候群
■連載「裏読み業界地図」
第1回 日本製鉄に立ちはだかる鉄鋼王カーネギーの栄光
第2回 日産・ホンダはなぜ決裂したのか? 自動車野郎がいない日産エリート
第3回 ソニーとパナソニックの明暗 出井伸之がドイツで買った夢
第4回 NECと半導体 「電電ファミリー」失敗の歴史
第5回 【商社の三国志】日本流「投資銀行」のたくましき男たち 商事・物産・伊藤忠の生き残り戦略
第6回 《今回はこちら》
出典元
【文藝春秋 目次】永久保存版 戦後80周年記念大特集 戦後80年の偉大なる変人才人/総力取材 長嶋茂雄33人の証言 原辰徳、森祇晶、青山祐子ほか
2025年8月号
2025年7月9日 発売
1700円(税込)
