松本清張は時代小説もすごい! 清張作品をこよなく愛する3人の作家が、自信をもって太鼓判を押す“ベスト・清張時代短編”を持ち寄り、その面白さを大いに語り合う! (前編はこちら

*本鼎談は、作品の内容や結末に触れていますのでご注意ください。

「蔵の中」 1964年(有栖川有栖・選)

北村 有栖川さんが『彩色江戸切絵図』から選んだのは「蔵の中」ですね。私は、正直、少し取っ散らかった印象を持っているのですが。

有栖川 びっくりする結末です。報恩講という親鸞聖人の忌日の夜に起きた、怪事件を巡る物語。精進料理しか口にできないこの日に、大店(おおだな)の手代が蔵の中で絞殺され、番頭は蔵の脇に掘った穴に首を突っ込むようにして死んでおり、穴の中には主人の娘が気を失って倒れていた。さらに、事件の手がかりを握っているはずの人物は失踪している……。この蔵というのがまた、ディクスン・カーの作品でもなかなか見られないような、ハードな密室です。幾重にも重なった謎を密室もののように解決するのか、と思いきや、松本清張先生はそんなことはしません。北村さんがおっしゃるとおり取っ散らかっていますが、ごちゃごちゃしているところが面白い。

対談で上げられた短編が収録された『清張の牢獄』

宮部 この大店の娘を巡って、親が決めた婿はこっちで、想いあっていた恋人はあっち……という感情のもつれも描かれます。実は私は、被害者入れ替わりトリックが出て来るのではないか、と予想しながら読んだんです。そこに穴が関係してくるのだと。しかし、そうではない。穴が掘られた真相は実に意外なもので。

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有栖川 私にはまったく思いつかない真相でした。そこまでして謎を作ったのか、と。これも松本清張の一面です。

北村 かつて親しまれた民間療法が謎にかかわっていますが、現代の読者にはすこし分かりにくいかもしれません。