産後6日で学校へ、毎晩徹夜で勉強した

 博士課程を修了するには78単位を取らねばならず、授業が心配だった彼女は出産後わずか6日で学校に戻った。夫とは3年で博士号を取るとの約束をしていたため、必然的に授業や研究のスケジュールは過密になり、毎晩徹夜で勉強する。それでもどれだけ忙しくても子供にしわ寄せが行ってはいけないと、授業があるとき以外は子育てを最優先したという。長い授業のある日は“子連れ登校”をして、授業のあいまに母乳を与えたりもした。

 ちなみにスタンフォードはシリコンバレー発祥の地とあって、アグネスの在学中にはすでにインターネットが使え、Eメールのやりとりもできた。しかし、ワープロしか使えなかった彼女は、家から学校のコンピュータにアクセスできないので、夜に子供たちを連れては学内のコンピュータルームに赴き、周りに操作のしかたを訊きながら勉強していたとか(アグネス・チャン、喜多嶋洋子『「結婚生活」って何?』講談社、2005年)。

現在のアグネスと息子たち(左が三男、右が長男)(アグネス・チャンのインスタグラムより)

論文執筆中は体重が減り、声が出なくなったことも…

 こうしてアグネスは2年間ですべての単位を取得し、1991年秋に博士課程を修了する。卒論となる博士論文は、仕事と家庭の両立に関する日米の男女大卒者の比較研究をテーマに、日本に帰国後、仕事を毎日のようにこなしながら帰宅するや部屋に閉じこもって書き上げた。執筆に集中するため家族との会話が少なくなったばかりか、体への無理がたたって体重が減り、声が出なくなることも3回あったらしい。夫には「論文を書いているときのママは、人間じゃなかったよ」とあとで言われたという(『婦人公論』前掲号)。

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アグネス・チャンのXより

 卒論は翌1992年5月、単身渡米して受けた口頭試験を経てパスし、6月の卒業式に出ることができた。その後、1994年には教育学博士号(Ph.D)を取得している。「アグネス論争」での批判に少なからず心を傷つけられた彼女だが、スタンフォード大学で学んだおかげで、論争を経済的・歴史的な側面から客観的に見ることができるようになり、自分にとってはいいセラピーだったと顧みている(前掲、『「結婚生活」って何?』)。