ダイヤ乱れの次に大変だったのは…
佐藤さんがダイヤ乱れの次に大変だったと打ち明けるのが夏と冬だ。
地下鉄と違ってJRのホームは日差しをもろに浴びることが多い。持ち場が決まっている押し屋に逃げ場はない。しかも女性は夏場でもシャツの上にベスト着用が必須な上、腕時計を着けることが推奨されるため、日焼け跡が残ってしまう。
一方、冬はシャツの上にベスト、ブレザー、コートが貸与される。寒さ対策としては十分かと思いきや、「このコートが寒いし重いんです。白手袋だけでは指先が冷えるので、薄い手袋を仕込み、強力なカイロを常備していました」(佐藤さん)。
ちなみにネックウオーマーはOKだが、マフラーは禁止。佐藤さんによると、男性の同僚らは「どこまで耐えられるか」というくだらない勝負をして、真冬に半袖シャツ1枚の強者もいたという。
押し屋は消えゆく存在なのか
コロナ禍では駅から人が消え、通勤ラッシュという言葉も忘れそうになったほどだ。それでも押し屋は存在していた。ちょうどコロナ禍で押し屋を始めた佐藤さんがその理由を説明する。
「コロナが収束すればいずれ人は戻ってくる。JRはそのときのために人材育成を続けていたんです。通勤ラッシュが戻ってから慌てて押し屋を募集しても遅いので」
現在、リモートワークや時差出勤も浸透し、ホームドアの整備も進んでいる。押し屋の存在は時代とともに消えゆくものなのか、佐藤さんに尋ねると「なくなることはないでしょう」との答えが返ってきた。
「押し込む業務は減るかもしれませんが、いざ人身事故や災害が起きれば駅の混雑は大変なことになります。JR東日本は都心部の路線でもワンマン、さらには自動運転という方向性を示していますが、その分、ホーム上の安全確認の重要性が増していくのは間違いありません」(佐藤さん)
押し屋は永久に不滅のようだ。
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