北朝鮮の金正恩総書記が9月2日から5日にかけ、6年ぶりに中国を訪れた。北京で開かれた「抗日戦争勝利80年」記念式典への出席が目的だった。世界26カ国の首脳級が集まるとあって、世界のメディアの耳目が集まった。

 その視線は、金正恩氏に同行した、西側メディアが「キム・ジュエ」と呼ぶ娘にも注がれた。北朝鮮国営メディアが伝えるジュエ氏の姿をみると、「彼女が次の指導者だ」と伝えたい意図を感じる。その一方で北朝鮮メディアは、もう一人の女性の動向も意味深に伝えていた。

北京の北朝鮮大使館に到着した際のジュエ氏の様子

 労働新聞などが伝えたジュエ氏の写真は、2日夕刻に北京駅に到着した際の姿と、4日夜に北京を発った金正恩氏が使う特別列車の内部での姿、5日午後に平壌駅に到着した時の姿だった。さらに、朝鮮中央テレビは6日、金正恩氏の訪中を伝える記録映像を約50分間にわたって放映した。そこでは、北京の北朝鮮大使館に到着した際のジュエ氏の様子も映っていた。

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北京に到着し、出迎えを受ける金正恩総書記と娘のキム・ジュエ氏(右から2人目)の姿(朝鮮中央テレビの記録映像より)

 北朝鮮では代々、最高指導者が後継者を中国指導部に紹介する慣行がある。金正恩氏も2010年8月、父の金正日総書記が中国東北部を歴訪した際、同行していたとされる。日本政府関係者は「金正恩氏の同行は発表されなかったが、父に同行したと判断している」と語る。金正恩氏は直後の2010年9月の朝鮮労働党代表者会で公式に登場した。

際立つジュエ氏の「特別扱い」

 北朝鮮メディアの写真や映像を見る限り、ジュエ氏は明らかに他の幹部とは別格の扱いを受けていた。特別列車から降りるのも、他の幹部を差し置いて金正恩氏の次だった。北京駅から宿舎の北朝鮮大使館に向かう際、ジュエ氏は金正恩氏のメルセデス・マイバッハに同乗した。大使館では出迎えた幹部の挨拶を、父と共に受けた。崔善姫外相ら他の随行幹部は別に大使館幹部の出迎えを受けており、ジュエ氏の「特別扱い」が際立った。

 一方、「なぜ、外遊に同行させたのか」という疑問も浮かぶ。ジュエ氏は2022年11月に公式報道に登場して以来、肉声が漏れたことは一度もない。今回の訪中では父に寄り添ったものの、出迎えた中国側要人と言葉を交わす様子は伝えられなかった。中国での公式行事に出席した様子もない。「ジュエ氏の中国側へのお披露目」が今回の目的ではなかったようだ。