小説も映画も時代設定がはっきりしない

リム 主演のパット・ハーさんの演技も印象的でした。香港ニューウェーブのミューズとも言える彼女が、この映画では非常に素朴で、終始無表情に役を演じています。原作の主人公は、もっと感情豊かに描かれているのでしょうか。

提供:台湾映画上映会2025

津守 この映画のパット・ハーさんの最初の印象は、「綺麗で、素敵すぎるな」というものでした。原作の主人公は、もっと何も知らない、周りから取り残されているような女の子なんです。例えば、初潮が来た時に何のことか分からず、「血が出てきたからもう死ぬんだわ」と大騒ぎして、「母親がいないとダメね」と周りから笑いものにされるシーンが小説にはあります。性的なことを無邪気に口にしては「恥ずかしい人ね」と言われるような、無知で蒙昧(もうまい)なイメージでしたが、映画ではそれよりは少し物事が分かっていそうに見えましたね。

 映画の主人公は、虐げられておどおどしているという点で一貫していますよね。それに比べると、小説ではもう少し変化があります。夫との生活の中で、レイプのようなセックスしかされなくても、美味しいものを持ってきてもらったりする中で、少しずつ人間らしさが潤っていくような描写もあるんです。だからこそ、なぜ彼女が崩れていってしまうのかという疑問が、小説の方がより浮かび上がってきやすい。映画の方は、淡々と「ただいじめられて殺してしまった」という、少し単純な筋になったかなという気がします。

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©Tomson Films CO.,LTD.

リム 映画では日本軍人が登場するなど、時代設定が植民地期なのか、いつなのかよく分からない部分がありました。

津守 そこが面白いところで、実は原作も時代背景がよく分からないように書かれているんです。推測ですが、この物語の元ネタが、1945年に上海で起こった殺人事件だからではないかと思います(*)。その事件がゴシップ記事になり、50年代に台湾の文人が面白おかしく脚色した本を出した。それをアメリカにいた李昂がたまたま読んで、面白いと思い、自分には書けない上海から、よく知る台湾の鹿港に舞台を移して書いた、という経緯があります。

(*)1945年3月、上海で30歳くらいの女性が夫を殺し、バラバラにしてスーツケースに詰めていたのが発見された事件。DV・賭博・浮気に苦しんだ末の犯行だった。

リム 最後に台湾映画の魅力として感じられることがあればお願いします。

津守 映画の専門ではない私が言うのはおこがましいですが、やはりフェミニズムにしろ広い意味でのポリティクスなんですね。李昂自身もこの広い意味でのポリティクス、パワーバランスが一体どう働いてるかを、女性に絡めて書いてきた人なんです。セクシャルマイノリティの問題なども含めて、鋭く、果敢に切り込む勇気が台湾映画のひとつの魅力だと思います。

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