――Yに渡した金はどれほどか。
山科支店でだまし取った金は全部取られました。連日のようにだまし取ったので、いくらぐらいか覚えられません。銀行が4億8000万円と言うならそうでしょう。
――犯行のきっかけは。
「車を買いたいので金を貸してほしい」と言われ、私の金から2万、3万と度々貸した。しかし、「競艇で勝ったら倍にして返すので大口を貸してほしい」と言われ、銀行の金に手をつけた。
――途中でやめようとは思わなかったのか。
毎日のように電話がかかってきた。脅迫されたみたいで怖かった。もう逃げられないと思い、捨てばちになって続けた。
――Yをどう思っているか。
あの人はひどい人だ。金は全部取られた。私の社内預金150万円のうち125万円も。独身と言っていたのに妻子があるなんて。私は全部だまされたのです。
社会面には逮捕時の雑観記事が。Yが漏らした電話番号から住所を割り出し、一部数字が違っていたが、なんとかアパートにたどり着いた。2号室の四畳半一間で、管理人の女性に手配写真を見せると「間違いありません。いま買い物から帰ってこられたところ」という。記事を見よう。
「いまだ、踏み込め」。3人の捜査員が室内に入った時、Oは静かに季節の花を生けていた。「Oさんですね。滋賀銀行山科支店に勤務されていましたね」との問いに「ハイ、そうです。申し訳ありません」。捜査員が予想していた驚きの表情はまるでなく、この日、逮捕されるのを予期していたように素直に頭を下げた。
室内には冷蔵庫、整理ダンスなどが置かれ、4億8000万円もの大金を着服した元女子行員とは思えない、こぢんまりした生活ぶり。
連行しようとした時、Oは「お願いがあります」と言い、内縁の夫宛てに置き手紙を書き、静かに落ち着いた足どりで部屋を出た。内縁の夫は午前0時までには帰宅しなかった。
『警察制度百年史』(1974年)は「卓上の花瓶にグミの一枝を差し、その下には、まだ紙に包まれたままの菊の花が残してあった」と書く。京都の紙面には、警察から入手したのか、置き手紙の写真が掲載されている。
「おせわになりっぱなしで申しわけありません どうもありがとうございました 何も真実を申さずにごめんなさい」
濃い化粧にミニのワンピース…“変身”に衝撃
また、京都社会面の「厚化粧、赤いミニ 連行のO」が見出しの雑観記事にはこうある。
Oを乗せた県警の白い乗用車が滋賀県警玄関に滑り込んできたのは午後4時半。冷たい秋雨がひとしきり強い。4人の制服警官と2人の婦人警官らが整理。報道陣30人余りがカメラの放列を敷く中へ、前部ドアが開いてOが姿を現した。黒のブレザー、赤と淡黄色のチェックのミニのワンピース。小柄で短めの髪を分けたOは一見少女のように見える。
2人の捜査員に腕を抱えられ、うつむきかげんに無表情に歩く。フラッシュ、テレビカメラのライトが一斉に浴びせられる。史上空前の“詐欺の女王”の素顔が青白く浮かび上がる。厚化粧の顔は、8カ月の逃避行でさすがに疲れが目立ち、頬も心なしかこけ、目尻に深いしわ。そこにはうらぶれた女の顔があった。
