藤井がインファイトを仕掛ける

 それは皆の想像を超えるタイミングだった。伊藤が再び8筋に飛車を回ったのに対し、藤井は玉を上がったのが意表の一手。伊藤は8筋の歩を交換するが、藤井は飛車の横利きを生かし、8筋に歩を打たずに戦端を開いたのだ。

 藤井は角を中央に出て、1筋の端を突き、桂を跳ねる。伊藤の飛車の利きが藤井の陣地に素通しのままで、ガードを下げてラッシュする。これぞ藤井流のインファイトだ。「さあ殴り合おうぜ」と駒が語っている。

前傾姿勢になった藤井聡太王座

歴戦の記者も「いやあ、すごいね」

 2人の表情と局面を見ながら「いやあ、すごいね」と、取材に来ている内田晶記者と談笑した。内田は中継や観戦記など多方面で活躍しているが、最初の取材は1999年の棋聖リーグ、佐藤康光名人対羽生善治四冠(当時)の対局で、そのときは私が観戦記担当であった。

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 戦型は羽生の先手四間飛車藤井システム。羽生が居玉のまま激しく攻め合って勝った。この頃の2人はありとあらゆるタイトル戦で対戦していたうえ、2人とも20代で読みがキレッキレとあって、感想戦も駒を動かさず会話だけになってしまった。しかも「これはこうで」とか「手厚いか」など、主語も符号もない。

 内田が泣きそうな顔になっていて、終わってから私に「どんなことを話していたんですか」と聞いてきた。無理もない。だが内田はそのことでさらに「羽生先生も佐藤先生もすごいですねえ」と感動していた。そうやって羽生時代から現在の藤井時代までを体感している記者である。

 やがて内田が感に堪えたように「あの時代の将棋もとてもおもしろかったですが、この将棋もすごいですね」、続けて「将棋って、時代時代で面白さがありますよね」と言った。

対局会場の「元湯 陣屋」

 さて17時になり30分の夕食休憩に入った。食事注文は2人とも冷たい天ぷらそばだった。 

写真=勝又清和

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次の記事に続く 「これで藤井が困ったか?」その直後、藤井聡太の“常識外の一手”が炸裂…ライバル伊藤匠のポーカーフェイスも崩れ、怒涛のラッシュが始まった

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