「伊藤さんがうまく立ち回っていますね」
私は午前中に別の仕事があり、現地には13時50分頃に着いた。さっそく立会人の中村修九段と新聞解説の飯塚祐紀八段、日本経済新聞観戦記担当の大川慎太郎さんと、『将棋世界』の担当の金子タカシさんにあいさつする。皆、伊藤の新手に驚いていた。
飯塚は、弟子の岩村凛太朗と片山史龍の2名がそろって四段に上がったばかりである。長年にわたり東京都練馬区で熱心に指導し、たくさんの弟子を育ててきたが、ついに棋士が生まれた。「おめでとうございます」と声を掛ける。
「ありがとうございます。月イチで弟子と研究会をしているんですが、彼らになかなか勝てなくて。師匠の威厳は難しいですね(笑)」
飯塚のうれしそうな答えに中村と3人で笑った。
2人にここまでの感想を聞いた。
「序盤を無難に乗り切って、形勢はともかく伊藤さんがうまく立ち回っていますね」
中村の発言に、飯塚も同意した。
普段とは別人のような表情の2人
対局者はどんな表情をしているのかな、とモニターを見ると、おお、いい表情をしているではないか。普段は柔和な表情をしている2人だが、いざ対局となると別人になる。今にも打ち掛からんばかりに前のめりになっている。目線が鋭い。これぞ同世代のライバルだ。検討も気になるが、2人の表情も見逃せない。この日、私はモニターと継ぎ盤を行ったり来たりした。
現地大盤解説会は、解説が深浦康市九段で、聞き手が安食総子女流二段だ。深浦はNHK将棋フォーカスで「雁木王・深浦康市の最新必勝ガイド」を担当していただけあって、藤井が雁木に組んだことを喜んでいた。講座は解説がとてもわかりやすく、ファンに好評であった。
開始から5時間が過ぎた。第2局のときは開始1時間で終盤戦だったが、本局はスローペースだ。藤井は先手なのでどこかで動かねばならない。







