昔の秋津には何があったのか?

 古い地図を見ると、どうやら「秋津」という町はもともとこの秋津神社あたりから西側一帯を指していたようだ。

 江戸時代には柳瀬川を挟んで北秋津と南秋津という村があった。

 

 北秋津は現在では所沢市北秋津、南側は東村山市秋津町としていまにも続いている。北秋津から南秋津までを抜けるように、江戸と秩父を結ぶ街道も通っていた。

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 1917年に開業した秋津駅は、そうした古き秋津の玄関口だったのである。

 

 駅前からは古き秋津へとまっすぐ南西に延びる道が整備された。それが現在の秋津中通りだ。

 秋津駅と新秋津駅を結ぶ商店街は、ちょうど秋津中通りの一部にあたる。新秋津駅前からもさらに南西に続いていて、そこも古い商店や飲食店、飲み屋や郵便局などが並んでいる。

 

 1973年に新秋津駅が開業すると、既存の中通りが乗り換えルートとたまさか重なった。いっぽう、乗り換えルートから外れた新秋津駅西側の中通りはやや賑わいを失うことになったのだろう。

 それでも、いまでもバス通りにはなっていて、秋津のメインストリートとしての雰囲気は充分に感じることができる。

 

 こうして現在の秋津駅・新秋津駅とそれをとりまく町の形が固まってからおよそ半世紀。きっと乗り換え客が増えるに連れて、乗り換えルートの途中の商店街の賑わいが増していったのだろう。

 ちなみに、乗り換えで通る商店街にはアーケードなどが架かっているわけではない。だから傘を持っていない日に急な雨が降ったら、10分弱の道のりを濡れながら歩くことになる。

 この歩いて乗り換え10分弱、不便だとケチをつける向きもあるだろう。