念願のベストセラー

 実は、編集部に異動直後のタイミングで第一子の男の子が誕生しました。産前も産後もバタバタ。ただ、3歳で幼稚園に入るまでは、嫁が専業主婦として大半の育児をやってくれたので、僕は仕事に打ち込めました。

 編集の仕事を見様見真似で覚えながら、書店の棚を観察し、売れている本を買い漁っては読み込み、昼も夜もなく企画を考え、たくさんの著者候補と会い、熱弁し、執筆を依頼しました。SNSでの発信、メディアへの仕掛け、トークイベントなど、売るための方法は片っ端から試しましたね。そのいくつかでは明らかな手応えを得られました。

 その甲斐あって、10万部以上のベストセラーを比較的早い時期に何冊か手掛けることができ、会社から表彰もされました。ゴールを達成できたんです。編集者になって3年、晴れて本社に転籍が叶いました。

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 その2年後、第二子が誕生しました。ふたり目の男の子です。上の息子とは違い、嫁の希望で1歳から保育園に預け、彼女は栄養士の仕事に復帰しました。

 下の息子が4歳になる頃、状況が変わってきました。新型コロナ感染拡大で、僕が自宅でのテレワーク中心になった途端、編集者にとって最も大切である「没入する時間」が取れなくなったんです。

没入できない苦しさ   

 嫁は毎日、電車に乗って勤務先に出勤します。一方の僕は、会社の方針で週に4日は自宅でテレワーク。なので、僕が下の息子の保育園への送り迎えを担当することになりました。

 それはいいとして、困ったのは嫁が勤務先からLINEで僕に、頻繁に家事の指示を飛ばしてくることでした。お昼にスーパーに行ってこれとこれとを買っといてほしい、15時になったから洗濯物を取り込んで畳んでおいてくれ、といったような。

 でも、こっちは一日にいくつものオンライン会議があるし、その合間にゲラ(印刷前に誤字などをチェックするための出力紙)を読んだり、企画書を書いたりもしています。それがぶつ切りになることによって、まとまって何かに没入できる時間がほぼなくなりました。これが、ものすごくつらいんです。

 こういう話をすると、洗濯物を取り込んで畳むなんて15分もかからないんだから、大して仕事を侵食してないだろう、会議や作業はその前後にスケジュールしとけばいいじゃないか、という人がいるじゃないですか。全然、わかってませんよね。嫁もわかっていませんでした。

 インプットにしろ思考にしろ、没入状態というのは一度途切れると、すぐには元の「場所」に戻れません。この仕事は没入が本当に大事なんです。本の企画や売り方を考えるにしろ、原稿を精読するにしろ、没入が仕事の質を担保します。

 没入というのは、ひと続きのまとまった時間が確保できなければできません。細切れの15分、30分が一日のうちに何回あったところで、意味がないんです。

 2時間なり3時間なり、途切れなく思考し続ける、没入することによって、初めて到達できるものがある。得られるひらめきがある。実際、僕はそうやっていい企画を立ててきました。